偉大なる大海に、荒波が立つ。


大人の半分にも満たない小さな体が、人気どころか生物の気配ひとつ感じないどこかの岸辺に打ち上げられていた。


暁色の空の下、黄金に透けたきれいな髪に、少し鈍い赤色がしみている。

頭に駆け抜ける激痛で、その子どもは意識を覚ました。しかし、思ったように息ができない。変な匂いもする。

起き上がろうとするも、足があさっての方向を向いていて立つこともままならない。痛みが強くなるばかりだった。




(ここはどこ? パパとママは?)




泣きたいし叫びたくて仕方がないのに、痛覚がそれを許してくれない。煙たい空気が声をも奪っていく。限界は近かった。



そんなとき。


ジャリ……。


不意に、足音が聞こえた。



おぼろげの視界の中、男物の黒いブーツが入り込む。

顔を上げたくても上げられない。なぜだろう、怖くて仕方がなかった。

震え上がる恐怖心に追い討ちをかけるがごとく、目の前にいるであろう謎の男は舌打ちをし、重々しくため息を吐いた。




「……ガキが生き残ってんじゃねえか」




聞こえてきたのは、日本語。




(……あ、そうか。ゆめだ。これ、ゆめなんだ)




ブロンドヘアの子どもは、思った。


だって、ここはスペインのはずだ。知らない現地の人が日本語をしゃべるわけがない。

だから夢だ。絶対。悪い夢なんだ。

次に目を覚ましたら、パパとママがいて、スペインにもう着いてるよと教えてくれる。悪い夢を見たと抱きつけば、もう7歳でしょう? と言いながらも頭を撫でてキスをしてくれる。そうだ。誕生日プレゼントもくれるはずなんだ。だから……。


ガラス玉のような黒い瞳から、涙があふれた。頬を伝っていくにつれ、黒く、赤く、汚れていく。

目を閉じれば、いともたやすくまた意識を手放せた。



おはよう、大好き──そんないとしくてあたたかな声がどこからか降ってきたような気がして、すべての苦痛を忘れられた。







「──……まあいいか。生きてみろよ、クソガキ」