「君はそう言ってくると思っていたよ。」
 「え………。」
 「昨日の話し合いを終わった後に、日本代表のメンバー全員に電話したんだ。みんな、秋文には辞めてもらいたくないそうだよ。」
 「監督、いつの間に………。」
 「君が辞めるというなら止めるつもりはなかった。けれど、やりたいというなら私としてもやり遂げて欲しいんだ。君がいなくなっては、私のやりたかった事も出来ないからね。」
 「監督…………。」


 目の前にいる監督の顔を、秋文は驚いた顔で見つめた。
 その顔を見て、監督は面白いものでも見つけように声を出して笑っていた。

 「はははっ。なんて顔をしているだ。」
 「いや……反対されるものだと思っていたので……。」
 「そんな事するはずないだろう。私が選んだ選手を勝手に辞めさせたれては困るからね。………君が会見で言ったことは全て本当の事なのだろう?」
 「はい。本当の事です。」
 「私にも愛する家族がいるからね。守りたくなる気持ちもよくわかる。君のそういうところも含めて、ますますリーダーに相応しいと私は思うよ。」
 「………ありがとうございます。」
 

 秋文は、思わず目に涙が貯まってしまった。
 誰にも理解されていないと思った。
 自分より立場が上の人たちの「責任逃れ」は、仕方がないのかもしれないとも思っていた。
 けれど、自分を日本代表選手に選び、導いてくれた目の前の監督は違っていたのだ。
 
 自分を信じて、仕事を任せてくれる。それが、どんなに恵まれているのか、秋文は今更ながらに気づいた気がしていた。

 「あとは、私の仕事だ。君は早く練習に行きなさい。……後は任せてくれ。」
 「それは……。」
 「きっと、夜になれば全ては変わっているだろう。………次の日本代表の試合。絶対に勝ってくれたまえ。」
 「もちろんです。」


 秋文が力強くそういうと、監督はそのまま手を挙げながら去っていった。
 秋文、泣きそうな顔のまま、監督が見えなくなるまでその背中を見つめ続けた。