千春が秋文をちらりと見ると、少しイライラした様子で、残りのご飯を食べていた。
 今話しても、きっとお互いに言い合いになって終わってしまうな。
 そう思って、千春は小さく息を吐いて立ち上がった。
 本当は早く仲直りをして、浴衣姿の彼とイチャイチャしたい、頭を撫でられて抱き締めて貰い、そしてキスをしたかった。
 本当の新婚旅行ではないけれど、甘い時間を過ごしたかったのだ。
 けれど、どうしても素直に謝れない自分がいやで、千春は切なくなってしまう。


 目の前の彼から離れようと、その場から立ち上がった。
 千春は、部屋にある露天風呂に入って気持ちを落ち着けようとしたのだ。


 「………どこ行くんだよ。」


 別室に移動しようとすると、秋文がちらりとこちらを見ながらそう声を掛けてきた。
 千春は、秋文の表情を見るとまだ少しイラついているのがわかった。


 「……お部屋の露天風呂に行くだけだよ。」
 「酒飲んでるんだから、今は止めとけ。」
 「大丈夫だよ。今回はそんなに飲んでないから。」
 「………いいから止めとけ。」
 「……行ってきます。」


 千春は秋文の言葉を遮るように行き、露天風呂のドアを開けようとした。
 すると、右手を秋文に掴まれてしまいドアを開けることが出来なかった。


 「……離して。」
 「いいから、やめとけって……。」
 「嫌だよ。……せっかく立夏と出がくれた旅行なのに。少しぐらい楽しく過ごしたい。ピリピリしてるのはイヤだよ。」
 「だったら、俺から避けないで話をしろよ。」
 「だって、秋文が怒ってるから、少し距離を置いて落ち着こうと思ったんだよ!」
 「おまえだって怒ってるだろ。」
 「そうだけど……!」


 あぁ、ダメだ。
 こんな怒っている姿なんか、醜い。こんな気持ち我慢しなければいけない。そうすれば、甘い時間が待っているのに。
 それが出来ない自分が、とても情けなくて思わず泣きそうになってしまう。

 泣くのは卑怯だとわかっているのに。