人混みの中から、聞き覚えのある声が聞こえ、秋文はピタリと腕を止めた。
 振り返ると、そこには千春の上司の姿があった。

 「一色君の旦那さんだね。どうしたんですか、また会社に来ているなんて。」
 「………すみません。騒ぎを起こしてしまって。」


 秋文は、駿を睨み付けながら、手を離した。すると、駿も舌打ちをしながら秋文から離れて、スーツの乱れを整えながら立ち上がった。


 「あぁ、先ほどお土産を受け取ったよ。わざわざありがとう。」
 「え………いえ。」


 千春の上司である千葉は、何故か駿と秋文の喧嘩を見ていなかったように話をすすめてくる。秋文や駿、そして野次馬の人々も呆気にとられてしまう。


 「千葉さん、ちょっと待ってください!さっき、俺がこいつに掴まれていたのを見てましたよね。これは大事だと思いませんか?」


 それを止めたのは、駿だった。
 自分が殴られそうだったのを、必死に認めさせようとしているのだ。
 秋文も呆れた目で相手を見ていた。
 こんな奴に、千春が泣かされていたのだと思うと、吐き気がしてきてしまう。
 

 秋文がまた反撃の言葉を言おうとしたが、それは千葉に阻まれてしまう。
 千葉は、秋文を優しい顔で見た後、冷たい目で駿を見据えた。


 「あなたは、秋葉駿さんでしたよね。………私の部下に酷い言葉を浴びせて泣かせた相手とは、この会社で会いたくないですね。」
 「なっ………。」
 「私があなたの会社に連絡をして、担当を変えて貰いましょう。お引き取りください。もちろん、今後一切の入室もご遠慮します。」


 それはとても冷たく強い言葉だった。
 それを突きつけられた駿は、顔が真っ青になったが、千葉や秋文、そして周りの社員に冷たい目で見られ、居た堪まれなくなったのか、逃げるようにその場から去っていった。


 「さて。やることも出来たことですし、仕事に戻ります。」
 「千葉さん………ありがとうございます。」
 「私は何もしていませんよ。お菓子いただきますね。」


 そう言って微笑みながら去っていく千春の上司を見つめる。
 あいつは、いい会社で働いているな。自分もあんな人にならなければいけない、と感謝と尊敬の念を抱きながら、自分よりも小さい背中を見送った。