笑いを含んだその口調に、秋文は不審に思い足を止めた。自分に聞こえるように嫌味を言っているようにしか見えなかった。


 「………千春は俺の妻ですが。何か?」


 振り返りながら秋文がそう言うと、その男性はニヤニヤと笑いながら近寄ってきた。


 「やっぱりそうですかー。俺は千春さんとは元彼という関係でした。」
 「………おまえが、あいつがいう先輩とか言うやつか。」
 

 秋文は目の前の相手が誰なのか理解した。
 会社の取引先の相手で付き合っていたのは1人しかいない。
 千春が大学の頃から憧れていた相手で、付き合ってからすぐにフラれて泣かされた相手だ。しかも、フラれた後に体の関係を迫ってきた最低な男なはずだ。

 「千春に最低な誘いをしたのは、おまえなのか………?」
 「あれは、彼女が寂しがってたと聞いたからですよ。でも、断ってもらってよかった。」
 「…………。」
 「千春ちゃんは玉の輿狙いだったなんて、残念ですよ……。捕まえられた人は気の毒ですけど。」
 「……千春が玉の輿狙いなら、なんでおまえと付き合ったんだよ。………おまえ、千春より小さい会社に勤めてるくせに、あいつが金目当てにおまえと付き合ってたとは思えないけどな。」


 秋文は、駿を睨み付けながら、吐き出すように強い言葉を投げつけると、駿の顔色が一気に変わった。
 先程まで余裕そうだった表情が、険しい物になったのだ。


 「っっ!言わせておけばっ!あいつは嘘つきなんだよ。身なりや顔だけ綺麗にして、中身は嘘ばっかりでどこも女らしくない。そして、結婚すれば、仕事も楽な事しかしないなんて、最低じゃないか。よく金持ちをひっかけられたと、ある意味感心するけどなっ!!」
 「っっ!!おまえが千春に何か言ったんだな?!」
 「だったらどうした?」
 「っっ!!」


 千春への冒涜の言葉に、秋文は頭に血が一気に上っていくのを感じた。気づくと、秋文は駿に向かって手を伸ばしていた。
 秋文が相手の胸ぐらを掴んだとき、騒ぎになったようで、周りに千春の会社の社員が集まっているのが視界に入ったけれど、秋文は止められなかった。