千春の泣き顔を見た日から数日後。
 秋文は、少し前に訪れたばかりの千春の職場のビルに来ていた。
 眼鏡をかけて少し変装をしたけれど、すぐにバレてしまった。だが、すぐに話しかけてくる人はおらず、気づいた人がジロジロと見てくるだけだったので、ありがたかった。
  

 「すみません。一色千春の夫です。前に対応してくださった千葉さんはいらっしゃいますか?」
 「は、はい!今を外しておりまして……あと少しで帰ってくるとは思うんですけど。」

 千春が働いていた部屋に行き、近くの女性に訪ねると、緊張しながらも丁寧に教えてくれた。前に、電話をくれた千春の上司はタイミングが悪かったのか、今はいないようだった。


 「では、大丈夫です。この間、妻がお騒がせしてしまったお礼です。皆さんで召し上がってください。」
 「そ、そんな……ご丁寧にありがとうございます。」


 秋文はその女性に手土産を渡し、「よろしくお伝えください。」と、笑顔でその部屋から退出した。
 本当は、千春についていろいろ聞きたかったけれどいないならば仕方がない。
 秋文は、残念な気持ちのまま会社を後にしようとした時だった。

 廊下を歩いていると、向かい側から男性が一人やってきた。社員証がここの物ではなかったので、違う会社のようだった。
 秋文は、気にもせずにその男性とすれ違おうとした。


 「千春さんの今彼さん、ですね。」
 「………はい?」