「まぁ、ありがたい事にな。でも、それがあと何年続くかわからない。それに、自分が納得出来ない試合を続けていくのは、辛いからな。まだ、活躍出来ている時に辞めたいんだ。」
「………秋文はサッカー出来なくていいの?」
「…………。」
千春がそう聞くと、秋文は黙りこんでしまう。
胸まで浸かっていたお湯がちゃぷんと音をたてて揺れた。彼の腕がお湯に浸かったからだ。
先ほどまで千春を見ていた彼の瞳は、遠くを見据えている。
しばらくの沈黙。
千春は、お湯の中でぎゅっと秋文の左手を握った。そこには、千春とお揃いの指輪がついている。
彼は決して外すことなく、毎日つけてくれて大切にしている。
気づくと、その指輪と指輪がぶつかるほどに、強く手を握っていた。
すると、それに気づいたのか、秋文がゆっくりと千春を見た。
そして、一言返事をした。
「それは、寂しいな……。」
それはとても切ない笑顔だった。
サッカーが大好きで、そして今までずっと頑張ってきて本気で取り組んできた物。
それを、こんなにも早く手放すのはどんなに辛いのだろうか。
その事を全部理解した上での決断。そのはずなのに、彼は泣きそうに微笑むのだ……。
彼がサッカーを自ら進んで辞めたいわけではないのだ。そんなのは、当たり前だ。