一体の甲冑が飾られた部屋で、小さな男の子が小さな花を母親に届けに来た。
いつもなら病気に罹っては大変だと、もこもこした暖かい洋服を着せらているが、今日は動きやすそうなセーターを着ている。
先日、上の妹が送ってくれた手編みの品だ。
下の妹のところにも、もうすぐ一歳になる娘がいるので、今はその子のスカートを作製しているのだと手紙に書いてあった。
贈られてきたときから、山吹色のそれを着るのを母と共にずっと楽しみにしていた彼だが、やっとお許しが出たらしい。
今日の気候は温かく、過ごしやすいからだろう。
青く抜けるような空が、もうすぐ夏が来るのを教えてくれた。
この雪国での夏は短い。
分厚かった雪も溶け始め、日差しにほんの少しの温かさを感じるようになってきた。
雪が完全に溶けたら、裏の森にピクニックにいこうと愛息子にせがまれている。
その目に入れても痛くない愛しい息子が持ってきた花を見て、お腹の大きな母親は苦笑した。
「これは根っこに毒があるのよ。触っても害はないけれど、口に入れたらお腹が痛くなっちゃうの。昔の人は、これでお箸を作ってしまって、とっても痛い目に遭ったのよ」
優しい声でそう息子に教える。
そんな母親に、明るい金髪をした息子は、腰に手を当てておませに言った。
「でもね、この毒をすり潰して塩を入れたお湯で煮てから濾過したら、薬にもなるって、父様が言ってたよ」
「あら、あなたのお父様はとっても物知りなのねえ」
のんびりと答える母親に、彼は飛び切りの笑顔を浮かべる。
いつも優しく穏やかな父親が、彼は何よりも大好きなのである。
「あのね、母様。ゴーストが、もう少ししたらピクニックに行けると言っていたんだよ」
母親の耳に小さな掌の部屋をつくりながら、彼は内緒話をした。
「あら、じゃあ、エン先生も呼ばなきゃだ」
母親も弾んだ声で言う。
「エン先生、すぐお鬚でじょりじょりするから、ちゃんとお鬚剃ってから来てね、って言っておいてね」
本人としては大真面目にそう言っているのだが、母親は可笑しくて可愛くて大笑いしてしまった。
「おや、楽しそうだね」
そこへ父親が、美しい薔薇を摘んでテラスから部屋へと入ってきた。
薔薇の棘はすべて抜いてある。
父親を見た途端に飛びついてきた息子を片腕で抱き上げながら、父親は母親へと蕩けるような笑みを向けた。
それなりの時間を過ごしてきたが、彼が鎧で長年隠していたこの笑顔を、彼女は見飽きることなどない。
むしろ、まだ足りないと思うくらいだ。
もっともっと、もっと長く、彼の笑顔を、そして幸せを、見つめていたいと思う。
その〝幸せ〟の最たる象徴である息子が、父親の耳でも内緒話をしている。
同じことを話しているのだろう。
父親の目尻が、可笑しそうに緩んで、二人で楽しそうに笑いあっている。
彼女の〝幸せ〟は、そこにあった。
「エミヤ」
水の色をした瞳の彼が、彼女を呼ぶ。
名を呼ばれた母親も、その笑みに答えるように笑みを浮かべて彼に出迎えた。