クッキーはドアに向かい、階段を登り始めた。



ク「このビルはね、うちが専門に扱っているビルで1、2階はさっきも言ったようにレストランとBAR経営。3、4階は男女それぞれの部屋になっているのよ」



階段を登りながらクッキーは丁寧にこの建物のことを教えてくれた。



3階を通り過ぎて4階にたどり着くと、アパートのような廊下が姿を現した。

右端には柵が設けられていて、左には複数のドア。

クッキーはそのドアの1番奥へと行き、慣れた手付きでその鍵を開けた。



ク「入って。今、お風呂沸かすわね」



恐る恐る足を踏み入れる。



ふんわりと甘い香りが漂っていて、中はシンプルだった。

右に2つ、左に1つのドアがある廊下を通り、ダイニングと思われる場所が出てきた。

奥にはジーンズ生地のソファ、テレビが置いてあり、廊下から右手にはキッチンとすっきりとした佇まいだった。



辺りをキョロキョロと見回しているとクッキーがひょこっと顔を出した。



ク「喉乾いていない?」


月「だ、大丈夫、です」


ク「お腹減ってる?」


月「い、いえ」



心配されるように尋ねられ、ちょっとぎこちない返事を返してしまう。

それでもクッキーは笑顔で了承してくれた。

その直後にどこからか、音が聞こえてきた。



ク「あ、沸いたみたいね。こっちよ」



玄関から見て右端の1つのドアを開けた。

そこは脱衣所と洗面台が1つになっている場所で、ドアの真正面に洗濯機、左側に洗面台、その奥が風呂が置いてあった。



クッキーは奥に進んで、風呂の灯りをつけ、シャワーの使い方や温度調節の仕方まで沢山のことを何から何まで私に説明してくれた。

それから私は教えてもらったように入浴をした。



考えてみれば、こうやってお風呂に入れたのは、あれからいつぶりだろう。

今日初めて会ったばかりの人の家に上げてもらってお風呂にまで入ってる...。



自分で望んだこととはいえ、少し複雑な思いだった。



比較的洗い終えると、もらったタオルで全身を拭き、用意されてある服に着替えた。

多分クッキーが用意してくれたものだろう。



ダイニングに戻ると、甘い香りが漂っていた。



月「あ、の...服、ありがとう、ご、ございました」


ク「そんなこと気にしなくていいのよ。はい、これ」



ダイニングテーブルの上に置かれた2つのコップ。

暖かいのか湯気が上がっている。



ク「ホットミルクよ。風呂上がりに飲むとすごく美味しいのよ。暖かいうちにどうぞ?」


月「あ、ありがとう、ございます」


テーブルの椅子に座り、ホットミルクを口に含むと暖かい牛乳の甘みにほんのりと蜂蜜の味がする。

これほど美味しい飲み物に出会ったことの無い私は即座にクッキーが作ってくれたホットミルクを飲み干した。

ぽかぽかと自分の体がとても暖かく感じる。



ク「美味しかった?」


月「は、はい」


ク「それは良かったわ。私のお気に入りの飲み方なの。月に気に入ってもらえて嬉しいわ」



クッキーは本当に嬉しそうに微笑む。



月「そ、その...い、色々とありがとうございました」


ク「いいのよ。あなたにも色々あったんでしょうし。元はと言えば、ガムが勝手に連れてきたのが原因だしね」


月「う、疑わない、んですか?」


ク「あなたを?まぁ普通ならそうするんでしょうけど...」



クッキーは困ったように笑った。



ク「ガムがこうやって誰かを連れてくるのは今回限りじゃないのよ。だから正直、慣れてしまったのよね」


月「そ、そんなにですか?」


ク「あいつの自由奔放さは今に始まったことじゃないからこっちとしてはかなり苦労してるのよ。まぁ、仕方ないんだけどね」



クッキーは苦笑して肩をすくめた。



そんなにも昔からガムさんとクッキーさんは一緒にいるんだな...。

そういえば、他の人もいるって...。

聞きたい、けどあんまり図々しいとダメ、だよね。



ク「さて、申し訳ないんだけど」


月「な、んですか?」


ク「あなたのことを教えてもらえる?」



私はハッとしてクッキーを見た。



よくよく考えてみれば、自分の素性さえも語らずに彼らに迷惑をかけていたんだ...。



月「す、すみません。私、自分のこと、な、何も話さなくて。迷惑、かけて」


ク「あぁ、ごめんなさい!言い方が悪かったわね!」


月「?」


ク「さっきも言ったけど、ここTreatは店経営をしているの。だからあなたがもし、ここにいるのなら不味いことが起こらないように少しでもあなたの情報を得た方がこちらとしてとありがたいって言う意味だったんだけど...」



クッキーが決まり悪そうな顔をして私にそう言う。



月「いても、いいんですか?」


ク「ええ、もちろんよ」


クッキーは気のせいか、とても嬉しそうに微笑んだ。

その笑顔が私の中でとても暖かいものへと成り代わっていった感覚はきっと忘れないだろう。