「ジーク様、失礼します」

医務室のドアをノックして中へ入る。すると、ジークがひとりで椅子に座って靴紐を結んでいた。その指に王家の証である指輪がないのを見て、胸がチクリとする。

「ジーク様、なにか必要なものはありますか? お腹が空いているとか?」

「大丈夫だ。今、私に必要なのは……」

「あっ」

腕が伸びてきて強く抱き寄せられる。それは、まるで飢えた獣がようやくありついた食事を貪らんばかりの勢いだった。そんな抱擁にアンナは息が止まりそうになる。

「アンナ、お前だけだ」

「ジーク様……」

愛おしい温もりがすぐそばにあるだけでアンナは満足だった。その身に染み込ませるようにジークの身体に腕を回して抱きしめる。

「城へ戻ってからすぐにでもお前に会うため、大丈夫だと何度も言ったのに、ソフィアのやつ……」

怪我をしていることを知っていたソフィアは、ジークの処置をしたくてうずうずしていたのだろう。否応なしに医務室へ連れて行かれたという。

「心配していたのは私だけじゃありません。ちゃんと手当してもらわないと困ります」

不服そうなジークを宥めるように言うと、ジークが噴き出して笑った。

「お前も言うようになったな、まったく、私はずっとお前に無様な姿を見せてばかりだ」

その笑顔に余裕が窺えると、アンナはホッとひと安心した。

「無様だなんて……そんなことありません。ジーク様は怪我を負いながらも私を助けてくれたじゃないですか」

「惚れなおしたか?」

冗談交じりに言われたが、ジークに対して一層気持ちが増したのは事実だ。

「惚れ直すもなにも……私はずっとジーク様に惚れっぱなしですよ」

こんなこと、自分で言ってて恥ずかしい。

アンナが顔を真っ赤にしていると、ジークがアンナに口づけを落とした。

「私もお前を愛してやまない。なんせ、走る馬車から馬に飛び乗る勇敢な強い女だからな」

「も、もう……」

こうしてふたりで笑い合えるのが嬉しくてこそばゆい。しかし、王家の指輪のことを思うと、ジークに返す笑みに影が射す。

「ジーク様、あの商人の男がヨハンさんの店で指輪を売ったかどうか、私、確かめに行ってきます」

「アンナ」

「やっぱり取り返さなきゃ――」

抱きしめる腕を解いて見上げると、ジークは落ち着き払った様子で首を振った。

「落ち着くんだアンナ。その必要はない、ほら」

ジークが懐から何かを取り出すと、広げられた手のひらにあるものを見てアンナは目を見張った。