「私はあなたに謝らなければならないわ。ベアトリクス様に惑わされてひどいことを……ごめんなさい」

アンナに合わせる顔がないと思ったのか、ソフィアは長い睫毛を伏せて俯いた。

「馬鹿みたいにあなたに嫉妬してた。田舎娘がジーク様に近づくなんて許せなかった。けど、あなたのような人でなければ、ジーク様はだめみたい」

ソフィアは肩をすくめ、初めてアンナに笑いかけた。いつも凛として表情を崩さない彼女の笑顔は柔和で女性らしく、そして優しかった。

「処置している間もずっとあなたのことばかりよ、だからジーク様を見ていてくれる? アンナに会わせろってうるさくて。この部屋にいるわ」

クスッと笑ってそれだけ言うと、ソフィアは背を向けた。

「ソフィア様、あの、ベアトリクス様は……」

眠ったまま国境へ向かった彼女のその後が気になって呼び止めると、ソフィアは肩越しに振り返った。

「先ほど伝達があったの、ベアトリクス様は……レオンが捕らえた」

「そう、ですか」

「もう心配ないわ。彼女はもうここにはいられない、ジークが流刑と命を下したから……この国では一番重たい刑罰よ」

流刑ということは、この国から追放ということになる。もう二度とこの国の地を踏むことも会うこともない。これで、すべてが終わったのだ。

「ところで……」

付け加えるようにソフィアが改まる。

「調理場を任されているくらいなら、あなた、料理が得意なんでしょう?」

明るく声音を変えてソフィアはアンナに向き直ると、少し戸惑いつつ口を開いた。

「私に、その……今度なにか簡単な料理を教えてくれない?」

「え……?」

「ベアトリクス様は、レオンにとって実の母親。自分の手で捕らえることは……多分、辛かったと思うわ。でも、レオンは単純な男なの、美味しいものを食べれば少しは気が紛れるかなって……し、仕方なくよ! 私、普段はこんなことしないんだから」

ほんのり頬を染め、照れ隠しにつんと鼻先をあげて目を反らすソフィアに、アンナは直感した。

(ソフィア様、そっか……レオン様のこと……)

思いもよらなかったことを言われ目を瞬かせたが、ソフィアの女性らしい一面に親近感を覚えた。だから「レオン様を慕っておられるのですか?」なんて野暮な質問はせず、アンナはすぐに明るく返事をした。

「はい! もちろんです」

するとソフィアは小さく笑って「ありがとう」と言うと、その場を後にした――。