徐々に日が暮れ、夜の帳が降りようとしている。

アンナはジークの部屋にひとりでいたが、やはりジークのことが気になって仮眠することもできなかった。

(ジーク様の言ってたひと仕事って、なんのことかしら?)

それに、商人に渡ってしまった王家の指輪のことも胸に引っかかっていた。

(やっぱりここでじっとなんてしていられないわ、せめて正門で待っていても……)

そう思い立ってアンナが部屋を出ると、中年の侍女が廊下を歩いてこちらへ向かってくるのが見えた。

「あ、あの! すみません、ジーク様は……?」

「国王陛下でしたら、今しがた城へ戻られましたよ。ソフィア様に連れられて今は医務室へいらっしゃるかと」

ジークが戻って来ている。それを聞きアンナは侍女にお礼を言ってその場を駆け出した。
医務室は東塔の一番奥にある部屋だ。

アンナが肩を上下させて医務室の前まで来ると、ちょうどソフィアがふぅとひと仕事終えたような表情で医務室から出てきた。

「ソフィア様!」

アンナが声をかけると、ソフィアと目が合った。

「あの! ジーク様は……?」

「ジーク様は無事よ。怪我の手当をしたわ、あなたも無事で何よりだわ。ラメアスのおかげで傷口もさほどひどくはなっていなかったみたい。あなたのおかげだと、彼から聞いたわよ」

感染症になってはいないか、傷口は開いてしまってはいないか、心配で落ち着かなかった。

「よ、よかった……本当に」

それを聞いて、全身の力が抜けてしまいそうになるくらいの安堵で、アンナはその場にへたり込みそうになった。

「ジーク様は、ミューラン卿の手下に隙を突かれて負傷してしまったの、私としたことがミューラン卿を捕らえることに気を取られていたわ……」

そのときその場にいたソフィアは、ジークを守れなかった後悔の色を滲ませ、唇を噛んだ。

「それでも、ジーク様は私の制止を振り切って必死であなたを助けに向かったわ。だから、最後に言ったの、そうまでして行くのなら、必ずあなたを助け出してって」

「ソフィア様……」

「あなたはベアトリクス様の脅しにも屈しない強い心の持ち主だってわかったの、製薬室で、私を庇ってくれたでしょう?」

製薬室でベアトリクスに攫われた時、おとなしく馬車に乗らなければソフィアを殺すと脅された。今思い出すだけでも身の毛がよだつ。

「あの時は私も必死で……自分がベアトリクス様の言うことを聞いてソフィア様が助かるのならって、そう思ったんです」

その決断が果たして正しかったのかはわからないが、少なくとも自分はあの時間違っていなかったとアンナは自負していた。