「最後にひと仕事残っている。それを片付けに行くだけだ」

そう言ってジークはマントを翻し、歩みを進めた。

向けられた背には大きな怪我を負っているというのに、すぐにでも手当をしなければいけないのに、と離れていくジークを追いかけようと一歩踏み出す。

「陛下の命に背くわけにはいきません。行きましょう」

兵士に急かされ、アンナは踏み出した足を止めた。

「ジーク様!」

また離れ離れになってしまうのではないかという錯覚が、どうしようもなくアンナの胸を締めつけた。

アンナに名前を呼ばれ、ジークがぴたりと立ち止まる。その足元に戸惑いが見えたように思えたが、素早く踵を返してアンナへと歩み寄った。

「まったく、私はとことんお前には弱いな……」

「ジーク様、あっ――」

それは、一瞬の出来事だった。

ふわっと頭の上から深紅のマントをかぶせられると王都の景色が遮断され、刹那、その中でふたりだけの空間が生まれる。そしてジークに引き寄せられ、掠め取るように唇を奪われた。

「ジーク様っ……」

「お前がそんな不安そうな顔するからだぞ。私は大丈夫だ。お前は私の部屋で待っていろ、いいな?」

何も言えずに白昼夢でも見ているのではないか、とアンナは呆然とする。そしてサッと頭上が明るくなると、まるで何事もなかったかのように王都の景色が再び目の前に広がった。
マントのおかげで誰の目にも止まらなかったとはいえ、こんな往来の激しい王都のど真ん中で国王と口づけを交わした。その大胆さに、アンナはドキドキと波打つ鼓動を押さえられなかった。

「あの、今のは……」

いつの間にか横にいた兵士に声をかけられ、アンナはハッと我に返る。

「な、なんでもありません。行きましょうか」

真っ赤に色づいた頬を誤魔化して、作り笑いを浮かべながらそう答えるだけで精一杯だった。気がつくとジークはその場からすでに姿を消していた――。