クールで一途な国王様は、純真無垢な侍女を秘蜜に愛でたおす

右肩から腰にかけて大きく剣で抉られた背中を見てアンナは息を呑んだ。まだ傷は新しく、鮮血が流れている。

「ミューラン卿を連行する際、正気付いた手下に隙を突かれてしまった……まったく、私としたことが油断した。これでは私もミューラン卿のことは言えないな」

そのときのことがよほど口惜しかったのか、ジークはチッと舌打ちして地に生える芝を握りしめた。

「それに、そのドレスは……お前には似合わない。ベアトリクスが見繕ったものなど……今すぐにでも……脱がせて……やりたい」

次第にジークの声が生気を失っていく。焦点も定まらず、虚ろにアンナを見つめている。
こんな状況でも冗談を口にするジークにアンナは胸が締め付けられた。

「ジーク様、もう喋らないで」

無意識に涙声になってしまう。ジークはふっというため息にも似た声を漏らし、震える手を伸ばしたがアンナの頬を撫でる力もなく、ただ指先だけを掠めた。

「アンナ、もう一度だけ言わせてくれ……」

「え……?」

「お前を愛している。心から……こんなにも、人を愛おしいと……思ったことはない。私が命を懸けてでも守りたいのは……お前だけだ。初めはお前への贖罪のために生きると決めていたのに……いつの間にか、愛していた」

アンナはくしゃりと顔を歪め、頬に当てがわれているジークの手を両手で包み込んだ。
なにもできない無力さに、アンナは叫びだしたい衝動に駆られ、代わりにぎゅっとジークの手を握りしめた。

まるで臨終を看取るような錯覚に胸の奥が苦しかった。いくら呼吸をしても酸素が肺に入ってこない感覚だ。ふと浮かんだ“死”という言葉を何度も頭を振って否定した。目の前の現実を認められず、いつものように何かを考えることすらできない。