クールで一途な国王様は、純真無垢な侍女を秘蜜に愛でたおす

走り出してどのくらいの時間が経ったのか、しばらくするとベアトリクスは蓋のついた木箱に座りながら少しうとうとし始めていた。しかし、アンナは一睡もする余裕などなく、俯いていた顔をゆっくりとあげる。景色はほろに遮られ、どこをどう走っているのかさえわからない。すると、左のほうからうっすらと赤く焼けたような光がほろの隙間から射しこんでいるのが見えた。

(夜が明けたんだわ……)

アンナはそっとほろのつなぎ目から外を覗くと、朝焼けに野原が輝いていた。

王都からここまで離れた所に来たのは初めてだった。視線の向こうには山頂に雪を被った山脈が連なっているのが見える。それに一晩中走り続けた馬の体力が尽きてきたのか、初めの頃より速度が失速しているのに気づく。アンナはすっかり眠ってしまっているベアトリクスをちらりと見やった。

(この速度なら、ここから飛び降りることも……)

逃げ出すことを考えると一気に緊張が走った。心臓が波打ち、口の中がからからに乾いていく。アンナはほろの布が綻んでいる箇所を見つけ、震える手をそっと射しこんだそのときだった。

「なにをしているの?」

「ッ!? な、なにも……」

寝ていると思っていたベアトリクスの声に、アンナはビクッと肩を跳ねさせた。振り向くと、鋭い目つきでベアトリクスがアンナを睨んでいる。

「あなた、まさかここから逃げようなんて思ってないわよね?」

「私は……私はタンブル王国になんか行きません!」

アンナの反抗的な態度にベアトリクスが眉間に皺を寄せ、ずかずかと足を踏み鳴らして歩み寄ってきた。

「あっ!」