ベアトリクスはソフィアの腰に牢屋の鍵がぶら下がっているのを知っていた。ソフィアが自分のところへ来るたびにどうすれば鍵を手に入れられるか、それを奪う機会をずっと見計らっていた。そして鍵を盗み取ったあの日、いつも抜け目ないソフィアだったがどことなく心ここにあらずといった感じで、隙を突いたらあっけなく鍵を手にすることができたのだ。しかし、鍵を手に入れたとしてもひとりで城を抜け出すのは難題だった。そこでベアトリクスはとある人物から協力を得ることにした。

その者こそ、幽閉されたベアトリクスに外の情報を流していた人物だったのだ。

(あんな簡単なことなら、もっと早く鍵を奪っておけばよかったわねぇ。さすがに十年は長すぎたわ……)

鍵を盗られたことに気がつかれてしまっては意味がない。ベアトリクスは協力者のもと、人気のない深夜に布で身を隠し、その日の深夜、警備の薄い箇所を狙ってすぐに城を抜け出したのだった。

彼女の素顔を知る者は少ない。捕らえられてから十年もの月日が経っている。当時のベアトリクスの顔を知っていたとしても、今の彼女を見て気がつく者などいないのだ。それが滑稽でベアトリクスはクスクスと笑いを押し殺しながら、やってきたのが王都にあるミューラン邸の本家だった。

「まさか、お前が本当に城を抜け出してここへくるとはな……誰が想像したことか」

渋みのある声だったが背筋をすっと伸ばすとその姿は若々しく、口髭をクイッとあげてミューラン卿はベアトリクスの細い腰に腕を回した。