「んっ……あっ」

息さえも飲み込まれそうになって、アンナは繰り返される口づけに応える。しかし、アンナはいまだにジークの言っていた“愛でる”の意味がわかりかねていた。こんなふうに唇を奪われると、勘違いしそうになってしまう。

ジークの与えてくる温もりに翻弄され、それが思い違いだったとしても、今だけはこうしてすがっていたかった。

「ジーク様……私に、もっと愛でるということを……教えてください」

息も絶え絶えにのぼせた顔で言うと、ジークはこれ以上堪えきれないといったように、そのままアンナをベッドに押し倒した。

「あ……」

アンナの長い髪が緩やかに白いシーツの上に広がる。

「無防備で無自覚すぎるのも考えものだな……覚悟はできているということか?」

(覚悟……? いったいなんの?)

きょとんと目を瞬かせているアンナをしばらく見下ろすと、ジークはやれやれと首を振った。

「純真無垢なのも考えものだな……」

覚悟の意味をまったく理解していないアンナにジークは思い留まり、代わりにそっと額に唇を落とした。

ジークの背後に窓越しから煌々とした光を放っている満月が見える。まるで様子を覗かれているようで、アンナは恥ずかしげに目を反らした。

「私はお前の幼少の頃からずっと見てきた。明るく元気にトルシアンで働く姿も、笑っている顔も、全部……私の大切な――」

親指の腹で頬を撫でられ、吐息とともにジークの甘い囁きが耳朶を掠めると、アンナはぞくりとした。その時だった。

「兄上っ!」

バン!とノックもなしに部屋のドアが荒々しく開かれ、血相を変えたレオンがずかずかと入って来た。廊下の松明の灯りが急に部屋に挿し込むと、とろけるような雰囲気が一変した。

「なんだいきなり」

ジークはその不躾な行為に不愉快に眉を顰めると、慌てるでもなくアンナから身を離した。

「おっと、もしかしてお取込み中だった? って、そんなことよりも大変なんだよ!」

押し倒されたベッドからさっと起き上がるアンナを一瞥すると、レオンがごくりと息を呑んで言った。

「母上が、ベアトリクスが……脱獄したんだ!」