「アンナ、そろそろ店を開けるよ」

「はーい!」

一緒に店を切り盛りしているミネア・ローランドに言われて、アンナはテーブルの上をさっと拭いた。木を切ってつなげた手造りの椅子とテーブルは、高級感はないものの趣があって温かみを感じる。店内にも食事の匂いに交じって、どことなく木の香りが漂っていた。

トルシアンは三十年前、よわい七十歳になるローランド夫妻が開店した食堂で、オーナーのボブロはその料理の腕を認められて、現在はランドルシア城の王宮料理長として働いている。朝早く家を出て帰りは夜遅く、妻のミネアは「せっかくふたりで開いた店なのに、十年もほったらかして」と文句を言っていたが、城からの帰りに王都で食材も調達してくれるし、王宮で働くボブロをミネアもアンナも誇りに思っていた。

ローランド夫妻はひとり娘のアンナを溺愛していてさほど裕福ではないにも関わらず、流行の服を買ってくれたり、こんな森の中じゃ退屈だろうと、片道馬車で一時間はかかる王都まで遊びに連れて行ってくれたりもする。そんな優しい夫妻は、実のところアンナの本当の親ではなく身寄りのない彼女を快く引き取ってくれた養父母だった。