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 生徒会による演劇の衣装、小物制作のために集まったのは四人。

 三笠佳乃と浮島紫音。それから佳乃が声をかけた北郷菜乃花と、残念ながら巻き込まれてしまった不憫系男子の剣淵奏斗である。

 菜乃花はともかく、剣淵は不機嫌そうに頬杖をついてそっぽを向いていた。その姿から浮島に脅され渋々ここへきたのだとわかる。

「――それで、皆さんにお願いしたいのは桃太郎の衣装と小道具のきびだんご、鬼用の刀です」

 どうやら今年は桃太郎を演じるらしい。衣装と小道具のリストや完成予定図を見た佳乃だったが疑問が浮かんでいた。

「鬼の武器って刀でいいの? 金棒じゃなくて?」

 図に書いてあるのは日本刀のようなものだった。金棒の太さとは程遠い。佳乃が聞くと伊達が照れくさそうにしながら答える。

「実は……鬼役は僕なんだ」
「伊達くんが!?」

 赤の全身タイツに虎柄パンツを履く伊達は想像しがたい。王子様のような甘いルックスをうまく生かしてくれ、いますぐ配役を変えろと叱りたい気分である。

「だけど、スーツを着てドラキュラみたいなマントをつけた鬼なんだ。それで日本刀を振り回す……ってなんだかおかしな劇だよね、これ」
「ドラキュラに日本刀……」
「そう。それでこうやって――」

 伊達は姿勢を正すと、練習してきたのだろう台詞を口にした。

「『この宝物は私のものだ、誰がお前に渡すものか。欲しいのなら力づくで奪ってみせよ』……って改めて言うと恥ずかしい台詞だな」

 もはや鬼や吸血鬼というよりは魔王に近いが、しかし伊達によく似合っている。この素晴らしい劇設定を考えた生徒会を胴上げしたい気持ちである。こんな劇を見てしまったら鼻血が止まらなくなってしまいそうだ。

 こういう時にこそ浮島の盗撮力が生かされるべきだと思うのだが、どうやら食指は動いてないらしく、大人しく椅子に腰かけていた。一切の変化なく真顔のままなことから興味はこれっぽっちもないのだと伝わってくる。
 菜乃花は拍手をしているもののそこまで喜んでいないようで、とどめに剣淵は見てすらいない。不機嫌にそっぽを向いている。大喜びで興奮しているのは佳乃だけだった。

「似合うよ! 伊達くんにぴったりの役だと思う」
「そうかな。でもそう言われるとうれしいな、ありがとう」
「伊達くんの鬼役見てみたかったなぁ……その日だけ一年生になりたいよ」

 佳乃が言うと、伊達が笑った。

「じゃあ見にくる?」
「いいの!?」
「うん。でもその日は行事協力生徒として参加してもらう形になるから、一年生合宿の手伝いとか雑用をしてもらうことになるけど……それでもよかったら」

 行事協力生徒になれば、生徒会や一年生と共に学校に泊まることになるのだ。土日がつぶれてしまうのだが、佳乃にとっては土日なんてどうでもいいことだった。

「行きます! 手伝います! 任せてください!」

 これまた伊達との接点が増えるのである。それに伊達が演じる姿を見ることができるのだ、行事協力生徒とは素晴らしい立場だ。
 佳乃が勢いよく立候補すると、その後に浮島が手をあげた。

「オレもー! 演劇大好きだからさ、伊達くんの劇が見たいよ。暇人だから手伝いや雑用も任せて」

 あれだけ興味なさそうに真顔で大人しくしていた癖に面白そうだと思えばあっさりと手のひらを返す。問題児にこれ以上関わってほしくないと苛立つ佳乃を横目に、浮島は剣淵に話しかけた。

「ね? 剣淵くんも暇だから、もちろんくるよねぇ?」

 この場において浮島は絶対的な権力を持っている。その鋭い視線が向けられれば、佳乃や剣淵は屈するしかない。
 小さな声で「クソッ」と吐き捨てた後、諦めたように剣淵は頷いた。

「……俺も行く、行けばいいんだろ」
「剣淵くんも手伝ってくれるんだね! 助かるよ。北郷さんはどうかな?」
「ごめんなさい。土日は習い事があって泊まり込みの行事は難しいんです」
「そっか。じゃあ三笠さんと剣淵くんと浮島先輩が当日のお手伝いをしてくれるってことでいいかな」
「もっちろーん! オレたちに任せてー」
「はい! よろしくお願いします。では僕は劇の練習に行きますね。衣装制作よろしくお願いします」

 佳乃は教室から出ていく伊達を目で追う。できることならば衣装制作もせずに演劇の練習を見に行きたいところだが、伊達の信頼に応えるために衣装、小道具をきっちりと仕上げなければ。

 その後、伊達は劇の練習があるからと教室を出て行ってしまった。残された四人はさっそく衣装制作をはじめる。
 裁縫の得意な菜乃花が衣装制作をし、残る三人が小道具の制作をすることになった。

「いやぁ。菜乃花ちゃんが来てくれてよかったねぇ」

 きびだんご制作を名乗りでて、カプセルトイで使われる丸いカプセルに黄土色の紙を貼りつけながら浮島が言った。
 ちなみにこの作業が最も楽である。ただ紙を貼り付けるだけだと知り、浮島は自らこの作業を志願した。

「オレ、裁縫苦手だからさぁ。こういう時オンナノコがいると助かるぅ」
「……先輩。私に対するいやがらせ発言ですか」

 最初は衣装制作を手伝おうとした佳乃だったが、縫おうとしたところで指に刺し、菜乃花に止められてしまったのだった。
 裁縫が苦手で悪かったな、と浮島を睨みつけると、菜乃花がフォローを入れた。

「人には得意不得意があるから。気にしないで」
「菜乃花、やさしい……」

 にっこりと微笑んで励ます菜乃花が女神に見える。この教室にいるのが問題児悪魔の浮島と巻きこまれ不憫乱暴者の剣淵なのもあり、菜乃花だけが癒しだった。

「私が担当している衣装はもうすぐで終わりそうだけど、佳乃ちゃんと剣淵くんはどうかしら?」

 菜乃花が手掛けている衣装はというと、渡された時には仕上がる直前だった。細かな飾りをつけるだけの状態である。

 そして浮島はというと、紙を貼るだけの簡単作業のため数分で終わりそうだが、集中力を切らしていたらしくスマートフォンで遊びながら作業しているため、もう少しかかるだろう。

「まだしばらくかかりそう……」
「……めんどくせーなぁ」

 問題は刀の制作である。引き継いだ時からたいして進んでいなかった作業であり、担当しているのが、一発目から指に針を刺すい不器用人間の佳乃とやる気のゼロの剣淵だ。

 その進み具合を確認した菜乃花は、引きつった笑みを浮かべた。

「……衣装作りが終わったら、手伝うね」
「うん……よろしくお願いします」

 菜乃花が参加すれば作業はさらに進むだろうが、負担は減らしたいところである。そもそもこの衣装、小道具制作だって佳乃が声をかけたのだ。あまり迷惑はかけたくない。

 だが肝心の相方である剣淵はしゃべることなく、たまに口を開いたかと思えばため息かいつもの「めんどくせー」ばかりで、協力することは難しそうだった。
 一人で頑張るしかない。佳乃は気合を入れなおして、カッターを握りしめた。