「つ、つーかいつまでもくだんねー話してんなよ?お前が数学の課題教えろっつーからわざわざ家まで来てやったのに」
「くだらないって…根掘り葉掘り聞いてきたのはお兄ちゃんのくせに!」
夏海は不服そうにそう言いながら、学校のカバンの中から取り出した数学の教科書とノートをローテーブルに広げ始めた。
「えっとね、ここが分からないの。この因数分解のところ」
「因数分解ぃ?こんなの簡単だろ。ここは…」
はりきって問題を解き始めようとした瞬間。
フワリと鼻を掠めた甘い匂いに、思わず動きを止めた。
ふ、と隣を見ると、すぐ傍に真剣に俺のシャーペンの先を見つめる夏海の横顔。
…なんだよこいつ。いつの間にこんな、いい匂い…
「お兄ちゃん?」
いつまでも先を解こうとしない俺に、夏海が不思議そうに顔を上げた。
クルンとした黒目がちの大きな瞳が俺を見つめる。
……っ!
「帰る!」
「え…はぁ?まだ一問も…」
「あとは自分で考えろ!いつまでも甘えんな!」
俺は自分のカバンを引っ掴むと、逃げるように夏海の部屋を後にした。
…バカか俺は。相手は夏海だぞ?夏海相手に…バカなこと考えんじゃねーよ!
幼なじみ歴11年目。最近の俺は、我慢がきかない。