男は入り口のガラス戸を押して雑居ビルの中へ澪を促す。
 開かれたガラス戸の向こう側に見えるエレベーターを不気味に思いつつ、一歩前へ足を踏み出した。

 その体が突然、ぐわんと後ろへ傾いた。
 肩に置かれた手は後退る形になった澪の腕をそのまま引っ張った為、引いた手の主の胸元に体を預けることとなった。

「悪いけど俺の女だから。」

 低い声と背を向けていても感じる凄みにガラス戸を押さえていた男は「し、失礼しました」と言い残し、そそくさとビルの中へ逃げて行った。