胡桃の言葉にようやく伊織が顔を上げた。そして光樹へと部屋から出てくれるようにと願い出る。
それに不安そうな表情を浮かべた光樹だったが渋々納得した様子で、最後に胡桃を睨みつけて出て行った。
二人きりの部屋になり、沈黙が流れる。先に言葉を発したのは胡桃だった。

「ごめん、ごめんね。伊織くん、傷つけちゃってごめんなさい! ごめんなさい!」
「俺のことを困らせて、傷つけて、悲しませて……楽しかった?」
「ごめんなさい。困らせたり傷つけると、満たされちゃうの……」
「いつも俺は胡桃ちゃんといると辛くて苦しい。嬉しいこともあったけど、やっぱり苦しいことが多かった」
「私が、悪いの……ごめんなさい」
「いつも光樹が叱ったみたいに、俺がその都度怒れば良かった……甘やかしすぎてたんだよ、俺も」

 反省点が自分にもあると告げながらも、伊織の表情が晴れることはない。
ただ精一杯謝罪の言葉を放つ胡桃を見ようとはせず、相変わらず視線の先には彼女がいない。
自分を見てもらえないというだけでこんなにも苦しいのかと考えていると、伊織は落ち着いた声で彼女に問いかけた。

「俺が両親を事故で亡くして、親戚の光樹の家でお世話になってるのは知ってるよね?」
「うん……」
「小町っていう一つ下の幼馴染がいて、よく一緒にいるのも知ってたよね?」
「……知ってた」
「じゃあ、俺にとって二人がどんなに大切な存在なのかもわかるよね?」
「うん」
「じゃあ、どうしてあんな風に二人のことを言えるの? どうして俺の両親のことを知っててあんな酷いことが言えるの?」

 一つ一つ言い聞かせるようにした質問。それに首を縦に振りながら肯定する。
最後の質問に、彼女は俯いてしまった。ひどいことを言ってしまったという罪悪感はあるのだろう。
俯いていた彼女だったが、伊織の目を真っ直ぐに見つめながら申し訳なさそうに返答をする。

「伊織くんを取られてるみたいで悔しかったの……でも、うそなの。伊織くんのお母さんとお父さんのことも、全部……酷いこと、言ってしまったの」