少しずつ伊織の目に光るものが見えてきた。
両親を幼くして亡くし、親戚である光樹の家に引き取られた伊織。彼は光樹と同様に育てられた。決して片方に肩入れしない親戚には感謝をしていた。
幼馴染として仲良くしてくれている小町という少女のことも大切な友人だと思っていた。
自分にとって家族も同然な者たちを言葉で傷つけられているような気がして、流石の伊織も反論する。

「勝手なことばかり言ってて腹が立つ。もう、やめてくれない?」
「あんな人たちいらない! いなくなっちゃえばいいのに! それとも、胡桃が伊織くんのお父さんとお母さんみたいに死んじゃったらいいの?」

 その言葉が耳に入るや否や、胡桃の頬に強い痛みが走った。驚きのあまり思わずペタンとその場に座り込んでしまう。
頬を押さえて座り込んだ彼女の前にしゃがみこむと、そのまま二発目の平手打ちをしようとする伊織。瞳には涙が浮かんでいた。
彼をなんとか止めようと教室にいたクラスメイトたちが伊織のことを羽交い締めにする。女生徒たちは教師を呼びに向かおうとしていた。
騒ぎを聞きつけて教室に駆け足でやってきたのは隣のクラスの光樹だった。

「伊織、大丈夫か? どうせこの女がまた酷いこと言ったんだろ?」
「……俺、腹が、たって……それで」
「わかってる。分かってるよ。帰ろう、伊織。小町にもこれから声かけるから」
「伊織くん待って……ごめんなさ」
「何この女……伊織のこと傷つけて。僕が怒ると毎回ごめんなさいだもんな。 もう伊織に付きまとうなよ。疫病神の迷惑女」

 それだけ告げると、伊織の腕を掴んで教室から抜け出した光樹。
憔悴しきっている伊織を他所に、光樹はこれからのことを考えながら下駄箱へと向かっていった。