ある残暑の厳しい夏の日。
私が小学2年の時のこと。

入院している父が
危篤になったという連絡が入った。
私達は急遽、父に会いに行くことになった。

記憶喪失なのに?
会ってもわからないのに?
何の為に行くの?

そんな事を思いながら病院に着いて
病室を訪れて納得した。

父は寝ていた。
当然、危篤なのだから
意識があろうはずもない。

だが、当時の私はまだ
危篤という意味が
よくわかっていなかった。

「お父さん・・・」

と、呟いてみた。
返事があるはずもないのに。

仮に意識を取り戻しても
この人は私達の事など
何一つ覚えていないのだ。

第一、その時私は父の顔すら
覚えていなかった。
顔を見てもこの人が父親だという
実感がなかった。

何よりも
それが悲しかった。
父はいつも優しくしてくれたのに。

父が亡くなるよりもずっと前に、
私は自分の心の中の父を
失くしていたのだ。