思いもよらぬ告白のあと、大路さんはわたしと連絡先の交換をして、病院を去っていった。
そして坂井さんも、ご主人が迎えにこられたので、付き添われて帰っていった。
まだ勤務時間内だったけれど、体調を考慮して帰宅するように言われたらしい。
坂井さんは帰る前にさらっと大路さんとの関係を教えてくれた。
二人は、数年前、不妊治療のクリニックで知り合って以来の友人だったらしい。
友人といっても、そこは大人どうしなので、もともと頻繁に電話やメッセージを送り合う間柄ではなかったそうだが、先に妊娠した大路さんが安定期に入って実家のある大阪に移ってからは、いっそう連絡も減っていったらしい。
それでも、お互いになかなか子宝に恵まれないという時期を経験していた二人は、子供ができたらこんな名前をつけたいだとか、どこどこに一緒に行ってみたいとか、夢を語り合っていたそうだ。
けれど、蹴人くんは、もう、この世にはいなかった…………
その事実をどうしても承知できないわたし、郁弥さん、水間さん、安立さん。
だってあの朝、確かに蹴人くんはわたし達の前に存在していたのだから。
わたしや郁弥さんに関しては、あの朝だけじゃないのだ。
あれから何度も何度も、蹴人くんはしつこいくらいにわたしの前に現れて、
『お願いごと決まった?』なんて無邪気な態度で同じ質問を繰り返して、
あの ”プラマイ0の法則” を教えてくれて、
郁弥さんに気持ちを伝えるようにけしかけて、
言えないようになってからじゃ遅いのだと説いて、
最後には、わたしの呼びかけに応じてくれて、郁弥さんを助けてくれた。