わたしが蹴人くんに想いを馳せていると、目の前の診察室の扉が開いて、中から郁弥さんが出てきた。
「お待たせ、みゆき」
その表情を見るに、診察ではなにも異常がなかったようだ。
わたしは密かに安堵した。
そして、社内ではあまり見せない、やわらかな笑顔でわたしに近寄ってくる郁弥さんに大きく反応したのは、隣に座る女性だった。
「あら?……間違ってたらごめんなさい、あなた、あの日駅で一緒にいなかった?」
「はい……?」
突然話しかけられて、郁弥さんはとっさにはあの朝のことを思い出せなかったのだろう、笑顔はそのままで女性に訊き返した。
「ほら、やっぱり!ね、そうでしょ?あのとき先に出勤していった男の人よね?」
女性は郁弥さんの顔をはっきり確認してから、今度はわたしに訊いてきた。
わたしはちらりと郁弥さんに視線を投げて、
「……はい、そうです」
女性に頷いたのだった。
郁弥さんは若干の置いてけぼり感を持ったようだったけれど、すぐに思い当たったようで、
「ああ、蹴人くんと会ったときの?」と、女性にも笑いかけた。
「そうよそうよ。やだ、あなた達、もしかしてあれがきっかけで?……じゃ、ないわよね。あのときあなたは先に行ったんだもの。そのとき連絡先なんか交換してなかったわよねぇ?」
じゃあいつ親しくなったの?
女性は嬉々として質問を重ねてくる。
いくつになってもこの類の話題が好きな女性は多いのだろう。
郁弥さんは女性とは反対側の椅子に腰かけると、上半身を乗り出して、わたし越しに女性に答えた。