それがすぐに大路さんのものだとは分かったのだけど、わたしは、水間さんから聞かされた諏訪さんの話に意識が持っていかれたままだった。
だって、水間さんは知らないのだろうけど、わたしと諏訪さんが付き合いはじめたのは昨日からなのだ。
それなのに、諏訪さんは、わたしのことをそんな風に考えてくれてただなんて。
教えられた事実に、胸が熱くなった。
でもその感動を味わう時間はなくて。
「わ、みゆきさんも見送りに来てくれたの?」
水間さんの後ろにいるわたしに気付いた大路さんが手を振ってきたので、わたしは急いで笑顔を張り付けた。
「退院、おめでとうございます」
慌てたせいでお決まりの文句しか出てこなかったけれど、それでも大路さんは、嬉しそうにしてくれた。
「わざわざありがとう。すごく嬉しい」
そう喜んで、お日さまのような笑顔を見せてくれた大路さんの片手に、昨日わたしが渡したガーベラが大切そうにおさまっていた。
その裾には濡らした綿かティッシュが当てられていて、その上からビニル袋をかぶせている。
教えられなくても、大路さんがこの花達を大切に扱ってくれているのだと感じた。
諏訪さんからもらった感動が残っていたせいか、その花を見ても込み上げてくる感情があった。
「そのお花、つれて帰ってくださるんですね」
「当たり前じゃない。とっても可愛いガーベラだもの。家でも飾らせてもらうわよ?だってこんなに明るいお花が部屋にあると、見てるだけで元気になっちゃうと思わない?」
それを聞いたわたしは、また後でほっぺたをつねらなきゃと思った。
ほんの思いつきでやったことが、相手にここまで喜んでもらえたなんて、“いいこと” 以外のなにものでもないから。
だからこのあと、“悪いこと” が起こらないようにと、プラマイ0の法則を実行しなくちゃと思ったのだ。
お見舞いに来た女性社員のことでマイナスになっていた気持ちが、水間さん、大路さんのおかげで一気にプラスになって、貯金までできた気分だった。
けれど……
ご主人と帰っていく大路さんを見送り、仕事が休みの水間さんと別れを告げ、諏訪さんの部屋に戻ったとき、わたしは諏訪さんに尋ねられるまで、“飲み物を買う” という当初の目的をすっかり忘れていたのだった。