「それはそうですけど、でも結局、諏訪さんが事故にあって意識をなくすまでは蹴人くんにお願いできなくて、諏訪さんがこのままいなくなってしまうって……その恐怖感を持って、やっと蹴人くんにお願いを伝えられたんです」
「過程は、今はどうでもいいよ。和泉さんが、オレの幸せを蹴人くんに願ってくれた。それだけが事実だから」
話しながらわたしの髪に触れていた諏訪さんの指が、するりと背中をすべり、わたしの手首におりてくる。
「ありがとう……」
その言葉が耳に届くとほとんど同時に、グイッと引き寄せられ、わたしは、諏訪さんの腕の中に閉じ込められてしまった。
「あ……」
「これくらい、許して」
うなじにかかる諏訪さんの息に、わたしはまたゾクリとして、心臓のドクドクが諏訪さんにまで伝わってしまいそうで、過呼吸になったのかと思うくらい胸部に圧迫を感じて苦しくなる。
「でも……」
「これ以上はしないから」
戸惑いを口にしかけたわたしに、諏訪さんは宥めるように言った。
ここは病院で、諏訪さんは今日意識が戻ったばかりで………
さっきも同じように思ったはずなのに、どうしてだか今は、”これ以上のこと” もされてみたい感情が芽生えてきていた。
なぜだろう……
すぐにはその差が分からなかったけれど、諏訪さんの腕の中の居心地の良さにも慣れてきた頃、なんとなく、その答えに思い当たったのだった。
それはたぶん、諏訪さんが蹴人くんに言った ”お願い” を知ったからだ。
わたしの ”お願い” は、諏訪さんの幸せ。
諏訪さんの ”お願い” は、わたしの幸せ。
そしておそらく、諏訪さんの幸せはわたしの幸せで、わたしの幸せは諏訪さんの幸せ。
つまり、二人の想いが叶うことが、二人にとっての幸せだったのだろう。
わたしはそのことで、気持ちの矢印がお互いに向き合っていたのを実感したのだ。
ああ………、諏訪さんが言ったように、わたしも早く蹴人くんに報告したくなったな。
諏訪さんと、気持ちが通じたよって。
背中を押してくれて、ありがとうって。
諏訪さんの胸に心ごと全部を預けながら、わたしは、あの小さな不思議な男の子のことを思っていたけれど、はじめて感じる諏訪さんの心臓の音は、わたしを心の底から安堵させて、いつの間にか、わたしはすっかり、その伝導に夢中になっていたのだった。