打って、守って、恋して。


ひとり深呼吸して気持ちを落ち着かせていると、突き抜けるような打球音が聞こえてハッと我に返る。
先頭打者がライト方向へ綺麗なヒットを打っていた。

わあっと大きな歓声が上がり、隣の凛子もぴょこぴょこと飛び跳ねて喜びを表現する。
ワンテンポ遅れて私もメガホンを叩いて混ざった。


『二番、セカンド、藤澤』

もう聞き慣れてしまった彼をコールする場内アナウンス。

呼ばれた本人はバットを持った左腕をぐるぐる回しながらバッターボックスへ。
打席へ入るなり、姿勢を屈めてバットを顔の近くで構えた。

送りバントだ。


ピッチャーが一塁ランナーを気にしながら、投球モーションに入る。
ランナーが走り出す。同時にボールがキャッチャーのミット目がけて投げられる。
そのボールは鈍い音を放って藤澤さんのバットに当たり、コロコロと勢いを殺されたようにゆっくりと一二塁のちょうど間を目指して転がっていく。

急いで打球を拾いに行くピッチャーの横を、打者である藤澤さんが一塁へ向かって駆け出した。
ピッチャーは二塁ベースをちらりと見たが、間に合わないと判断して一塁へボールを送る。

鮮やかなバントを一発で決めた藤澤さんは足を緩めることなく一塁ベースを駆け抜けたあと、自分がアウトになったのを確認してそのままベンチへ戻っていった。


無駄のない一連の流れに私が目を輝かせていると、凛子が余計な一言をぼやく。

「ほーんと、あの人って地味な仕事が得意だよねー」

「そういう人って勝つためには大事だよ?」

「やだなー柑奈。褒め言葉だよ」

「……怪しい」


でも凛子のような意見を持つ人の方が多いのかな。
分かりやすくボールを遠くにかっ飛ばす方が力強くて、いかにも野球選手らしいというか、イメージに繋がりやすいというのはある。

そうじゃない人だって、ここにいるんだけど。


まさに彼らしい第一打席で始まったこの試合、これがなんと延長戦までもつれ込んでしまうことを、この時の私たちは知らない。