端正でいつも明るい栗原さんの表情が、一瞬だけどふっと少し曇ったのを見逃さなかった。
それが何を意味するのかは、私には分からなかったけれど。
地味な世界だなんて思ったことはないが、なにかしら事情はあるのだろうと察する。


沙夜さんは沙夜さんで、「お兄さんイケメンだから大丈夫ですよー!地味じゃないですー!」と検討違いな返事をしていた。
この返しが栗原さんには新鮮らしく、声を出して受けている。

「プロの年棒なんかすごいじゃないですか、一流ともなれば億単位で。でも俺たちの給料は普通の会社員とまったく同じ。どんなに努力をしても、プロには適わないんです」

「え?そうなんですか?勝手に高給取りなのかと思ってた!」

「少なくとも山館銀行は他の行員とまったく同じ給料ですよ。だから自宅ではたいしたトレーニングなんてできないし、自力でどうするか考えていくしかないんですよね」

「プロとアマの違いってやつかあ」


すっかり話し込み始めた栗原さんと沙夜さんをぼんやり見つめていたら、隣から控えめに話しかけられた。


「─────あの」

ハッとして振り向くと、藤澤さんが私を見ている。

ごく普通の会社員にしか見えない彼が、野球においてはすごい二塁手だってことを知っているのは、たぶんこの居酒屋で私と栗原さんだけ。

話しかけられたことにややビックリしながらも、上ずる声を落ち着けて「はい」と返した。


「間違ってたらすみません。この間、試合の後に声をかけてくれませんでしたか?」

彼の言葉を聞いて『この間』というのが初めて試合を見に行った日のことだと思い出す。
そうだ、凛子にけしかけられてお疲れ様でしたと声をかけたんだった。

「……はい、かけました。私です」

「人違いかと思いました」

「え?」

「ああいうこと、俺はほとんどないので。栗原はしょっちゅうですけど」

藤澤さんの視線が栗原さんに向けられるが、本人は沙夜さんと野球ではない話で盛り上がっている。
沙夜さんの適応能力と会話力は目を見張るものがある。見習いたいくらいだ。