私の歳で恋をするということは、イコール結婚になってくるものなのよ。

沙夜さんははっきりとそう言い切った。

彼女はもうすぐ三十歳。たしかに次に付き合う人とは結婚したいと思うだろう。気が早いけれど私だって旭くんとの恋は最後の恋にしたい。
だから、沙夜さんが言っていることはよく分かる。


「栗原くんのことは好きよ。たぶん、恋してたと思う。でも、彼の立場と私の立場は全然違うのよ」

会社帰りに立ち寄った駅のそばのカフェで、彼女はロイヤルミルクティーをこくんとひと口飲んだ。
両思いなのに「付き合えない」と言った沙夜さんがどうしてそのような結論を出したのかは、いまだ分かっていない。

「相手が自分を必要としてくれるならいい、彼のために何をしてあげられるか考えればいい、そう言ってくれたのは沙夜さんですよ」

「それはあくまで柑奈ちゃんの場合よ」

腑に落ちない顔をしている私に、彼女は堂々とした物言いで「私は違う」と首を振った。


「彼は今後、プロに行くんでしょ。プロ野球の球団って、全国各地にあるじゃない。もしも、私と栗原くんが付き合って結婚したとしたら?私は彼について地元を離れないといけない」

「沙夜さんは地元を離れたくないってことですか?」

「母が病気なの。余命宣告も受けてるけど、まだ希望は捨ててない。そばにいたいの。ここにいたいの」

いつも明るくて、つねに前向きなことを言ってくれる頼りになる先輩は、予想もつかない家庭事情を抱えていた。

「単身で彼がここじゃないところに住んで、時々こっちで会うこともできるとは思うわよ。でもそれって中途半端よね。私もきっと、絶対にどちらかがおざなりになる。それだけは嫌だった」

あくまでも軽やかな口調で話しながら、沙夜さんは少しだけ寂しそうに微笑んだ。

「小さい頃からの夢だったプロに行くんだから、私みたいなめんどくさい女なんてやめた方がいいに決まってる。移動だけでも大変だし、それが原因で体調を崩されたりしたら問題だもの。だから断ったの」