「藤澤さん、あの、私…」

「はい」

言いかけて、私は息を飲んで釣竿の目印を見る。
目印がぐんっと突然川の中へ潜り込んでいった。

「あっ、来たかも!」

とっさに両手で竿の柄を握りしめて力を入れるけれど、まったくビクともしない。

「大丈夫です、そのまま引いてください!」

「ま、待って待って、引きが強い〜!」

きゃあきゃあ騒いでいると、彼の手が横から伸びてきて私の手の上に重ねられた。
ドキドキしている暇もないほど、竿がしなっている。

「落ち着いて。一緒に引きますよ、せーの!」

藤澤さんの声に合わせて、釣竿を上に引っ張る。
思っていた以上に彼の力が強くて驚いた。ぐいっと引き寄せられて、私の身体までもが持っていかれそうになるほど。
野球選手にしては華奢でも、ちゃんと鍛えているのがよく分かる瞬間だった。

たぶん九割方彼のおかげで、活きのいい魚が川面から姿を見せた。


「釣れた!」

感動していたのもつかの間、足場が悪くて後ろに転びそうになってしまったところを、寸のところで藤澤さんが支えてくれた。

「けっこう大きいですよ、三十センチ以上あるかも!」

「ひええ!触れない!動きが激しすぎる!」

ビチビチと地面でもんどりうっているニジマスを見下ろして騒いでいたら、彼がささっと針を外してクーラーボックスへ入れる。

「おめでとうございます。初釣りで大物ゲットですね」

クーラーボックスの中には、今しがた釣り上げた大きなニジマスがまだビチビチいっている。たしかに大きい。
厳密に言うと私が単独で釣り上げたのではなく、藤澤さんの多大な協力を受けながら釣り上げたニジマスである。

まだ興奮冷めやらない気持ちでクーラーボックスをのぞいていると、彼はもうすでに次のエサをつけていた。

「この分だとまだまだ釣れそうですね」

「はぁぁ、ブドウ虫まだ見慣れない……」

「これなんかまだいい方ですよ。ミミズで釣る時もありますし」

「ミミズ……」

あぁ、なんか釣りの世界ってグロテスク。


さっき重ねた手と、忘れていた彼の力強さにドキドキしていることなんて、彼は知らないだろう。
おかげでさっき彼に言おうとしていたことも、言えなくなってしまった。