釣竿をこまめに揺らしながら、まったくの別次元の話を聞いているような感覚になっていた。

「肩が強いとか強くないとか重要なんですか?」

「強いに越したことはないですよ、野球するなら。俺はわりと欠点が多い方だと思います。足だって速いほうじゃないですから」

「でも遅くもないですよね?」

「まあ普通、かな」

「藤澤さんはいつもそうやって謙遜しますけど、冷静に考えたらすごいじゃないですか!都市対抗で優勝した上に、日本代表にも選ばれてアジア競技大会で金メダルですよ?」


どうしても自分の実力を認めてくれない彼が腑に落ちずにそう言ったが、それでも藤澤さんは曖昧に笑うだけだった。

なんでだろうって思っていたら、先に彼が口を開く。

「石森さんは狭い世界しか知らないからですよ」

「……狭い世界?」

「野球の世界って、ものすごく広いんですよ。社会人野球なんてほんの一部です。俺よりもっとすごい人なんてごまんといます。だから、ぬか喜びできないんです。もっとうまくなりたいですから」

あれほどの大舞台であれほどの実力をあれほど発揮したというのに。
この人は、志が高いんだ。高すぎる。私には見えない遠くの方まで見据えていて、現状に満足していない。

なんて人だろう。
私との差が、溝が、またさらに開いた気がした。

うっかり気を抜いたところへ、いつもより張った藤澤さんの声が身体を駆け抜ける。

「石森さん!当たってる!引いてます!」

「……えっ!?」


急いで釣竿の先を見ると、目印はすっかり水面に隠れており、ぐぐっと引いているのが分かる。

慌てて釣竿を上に引き上げてみたものの、どれほどの抵抗があるのかと身構えていたら、透かしを食らうようにあっさりと釣針が川面から現れた。
しかし、その先に魚の姿はない。

「あ、あれ!?」

ぶらぶらと宙を浮いている釣竿の先をぼやっと見ていたら、隣で藤澤さんが残念そうに「逃げられましたね」とつぶやいた。

こんな一瞬で逃げられるの!?

ガッカリしていたら今度は藤澤さんの釣竿に当たりが来て、すぐさまニジマスを釣り上げていた。
羨望の眼差しに気づいた彼はちょっと申し訳なさそうに眉を下げた。