「やってみます?」

「エ、エサは……藤澤さんがつけてください」

「もちろんいいですよ」

おっかなびっくり針先を見つめていると、藤澤さんはエサ箱からブドウ虫とやらを取り出してブスっとためらうことなくとりつけた。
刺さる瞬間とか、やってもいないのに私は「ひぃっ」と変な声を出してしまった。

エサをつけた竿を握り、軽く投げるように針先を川に投げ入れる。川の流れに沿うようにしたあたりで、釣竿を私に渡してきた。
ぎこちなく竿を握ると、彼が私の右手をふわりと包んだ。

「利き手で竿の先を握って。反対の手は少し離して添えるだけ。当たりがくると竿に反応がありますから、力いっぱい引いてください」

「は、はい」

しっかり竿を支えるように握り直したところで、彼が私から離れる。
一瞬手が触れただけでも心臓が跳ねるのだからどうにも困るなぁ、と内心焦っていた。

彼ももう一本の釣竿にエサを施し、私の隣で当たるのを待っている。
その様子を見て、そういえばと気がついた。

「藤澤さんって、左利きなんですよね。生まれつき……ですよね?」

「はい、そうです」

「左利きのセカンドは不利だって聞きましたけど、実のところどうですか?」

そんなことはありません、という答えが返ってくるような気がしていた。なにしろ彼はそんなハンデなど感じさせないようなプレーをいつもしているから。
しかし、彼は思いのほか図星をつかれたように苦笑いして肩をすくめた。

「昔から苦労してます、その部分では。右利きならアウトにできた打球をセーフにしてしまったこと、数え切れないほどありますから」

「えっ、そうなんですか…」

意外な事実に竿から目を離して彼の左手を見つめる。

「小学生の頃、一度もショートでレギュラーとれなかったんです。その時の監督に左利きなんだからピッチャーか外野をやれって言われて、やってはみたんですが肩がそんなに強くないので向いてなくて」

「どうやって今の技術を身につけたんですか?」

「ひたすら練習です。左利きでも使おうって思わせるくらいの守備をしないとだめだって気づいて、捕球から送球するまでの動きを徹底的に磨きました。じいちゃんちの庭が広くて練習しやすかったので、高校までよく世話になりました」

やはり、あの華麗な守備は並々ならぬ努力の積み重ねによって培ったのもなのだと再確認した。
彼は淡々と話しているけれど、ここに来るまでに相当きつい思いをしてきたのは明白だ。