空になったグラスに気づいた藤澤さんは、メニューを開いて「次はなにを頼みます?」と聞いてくる。だけど、またしてもぐるぐると頭の中で言葉にできない感情が渦巻いて、うまく答えられなかった。
いきなり黙り込んだからか、彼はとても心配そうな顔をしてのぞき込んできた。

「大丈夫ですか?具合でも悪くなりました?」

「……あっ、いえ!違います!元気です!次、どれにしようかなって迷っちゃって。ウーロンハイにします、濃いめで!」

「濃いめ!?」

お酒に酔わなきゃうまく話せない気がしてきた!


届いた濃いウーロンハイを飲みつつ、ひたすらゴボウの素揚げをぽりぽりと口に運び続ける。
その間、野球とは離れた話をして過ごした。
私の会社の淡口さんや翔くんが父や弟みたいだっていう話とか、沙夜さんが週一でネイルを変えてくるとか、そんな話。

絶対に退屈だろうとは思うけど、藤澤さんは興味深そうに、楽しげに相槌をうってくれるので、本当に優しい人だなあと泣けてきた。
優しい上に野球をしている姿が神がかって素敵だなんて、この上なく私にはもったいない。
同じ土俵に並ぶことなんてこの先もないだろうに、厚かましく二人でお酒を飲むなんて。

口から出る面白おかしい話とは裏腹に、マイナス思考全開の脳が危険信号を灯していた。


「藤澤さんの職場には面白い人とかいないんですか?」

「面白い人か……」

無茶ぶりとも言える質問にも、彼はいちいち一生懸命考えてくれる。

「職場にはいないけど、お客様で面白い人は何人かいますね。全身なにかしら犬のプリントがされた服を着てくる方とか、ネクタイの柄が毎回ものすごく派手な方とか、それから……その……」

「ん?」

「化粧が……ピカソが描く絵のような方とか、ね」

「…………ピカソ!?あはは、会ってみたい!」

「たぶん見たらすぐ分かりますよ」

ふふふ、と顔を見合わせて笑う。


彼の人見知りという部分は、もう完全に取り払われたと思う。もうすっかり気を許してくれてるのも、壁なんてほとんどないのも分かる。
それでもこんなに私と彼との間に溝を感じるのは、彼が日本代表の決勝戦で放ったあの一撃が、私の胸につかえるものを確定させたような気がしてならない。

すぐそこで笑ってくれているのに、近づけなくてもどかしい。

こんなことを考えながら彼と会っているなんて、世の中にいる彼のファンや彼を好きな人に失礼だ。


テーブルの下で、見えないようにきゅっと自分の膝を掴んだ。気を抜くとふわりと浮かんでしまいそうな、淡くて危うい気持ちを抑えるように。