それから朝のホームルームが終わり、一時間目は郁巳先生の数学の授業だった。
教壇に立つ先生はもちろんラフなパーカー姿のまま。私語も禁止されているような固い授業ではなく、先生の数学の時だけはクラスメイトたちもリラックスしているように感じる。
「いくみん、教科書忘れたー」
「隣の人に見せてもらえ」
「山田くん寝てまーす」
「今すぐ起こせ」
いや、リラックスは訂正する。たぶん、ナメられているのだと思う。
それでもみんな郁巳先生の授業だけはサボらない。数学は嫌いだけど、先生の授業は分かりやすくて面白いと言っている。
たしかに先生は、教え方が上手い。
授業の内容を淡々とこなしている教師が多い中で、郁巳先生は生徒を置いてきぼりにはしない。見た目や喋り方は軽いけれど、たぶん根は真面目な人なのだと思う。
それを証拠に、先生が黒板に書く字はすごく丁寧で遠くからでも見えやすい。
意識して書いているのかどうかは分からない。でも字は体を表すと言う。
引っ込み思案で背中ばかりを丸くしている私の字は、もちろん小さい。
罫線(けいせん)の枠をはみ出さないようにこぢんまりとしていて、とてもつまらない字体だと自分でも思う。
その点、先生は払いも止めも伸びやかで字も自由。そういうところがやっぱりキラキラして見えて、私とは次元が違う人だと感じてしまう。



