秋文のマンションのエントランスに入ると、数年前も会った女性のコンセルジュが立っていた。千春を見つけると、にこやかに挨拶をしてくれる。
 千春もほっとしながら、頭を下げ挨拶をしてから、秋文の部屋の番号を押した。
 そして、小さく息を吐いてから呼びボタンを押した。

 秋文の部屋の鍵は持っている。けれど、勝手にいなくなった恋人が、鍵を開けて部屋に入るなどはもちろん出来ない。
 
 緊張した面持ちで、秋文が出るのを待っていた。すると、『はい。』という声が聞こえた。
 


 けれど、それは知らない女の人の声だった。
 自分が秋文の部屋の番号を間違って押したのかもしれないとも思った。けれど、慎重に押したのだ、間違えるはずもない。
 予想外の出来事に戸惑っていると、部屋の女が『もしもーし?』と声を掛けてきた。



 『秋文さんのお客さんですか?』
 「え………、いえ。ごめんなさい。部屋の番号を間違えたみたいです。」

 

 千春はそれだけ言うと、その場から逃げるように立ち去った。
 急いでマンションの敷地から出て、駅前まで小走りで向かう。



 「そう、だよね………。もう3年にもなるもんね。恋人がいるに決まってるよね。……もうここは私のくる場所じゃないだ。」


 部屋を間違いじゃなかった。
 女の人は秋文さんと呼んでいた。あの噂になったモデルの声なのかもしれない。
 
 秋文と話しをしたかったけれど、きっと彼はもう自分とは会いたくないはずだ。
 もしかしたら、自分の事なんて忘れてしまっているかもしれない。


 「あ………でも、秋文の鍵は返さなきゃな………。は、何やってるんだろう。私、少し期待しちゃってたのかな……。」


 ギュッと鞄を掴む。
 頬に沢山の涙が流れてくる。
 それを乱暴に手で拭くけれど、それが間に合わないぐらいに涙が溢れてくる。
 
 人が少ない夜の路地裏の道端で、千春はひとりで泣き続けた。