「伊織を知ってるか?営業部の菊池伊織。」

「え、えぇ。はい。」

「嫁さんの手料理が美味いんだ。
 今から押し掛けよう。」

「え、あの……。」

 私の意思は聞かれないまま。

 あれよあれよという間に菊池さん家のダイニングテーブルに着いていた。
 そして質問が向けられる。

「余計なお世話かもしれないが。
 行くところないんじゃないのか?」

 痛いところを突かれて言葉に詰まる。

 黙っていると菊池さんが横から口を挟んだ。

「大丈夫。
 俊哉の家に住めばいい。
 寂しい独り者だ。」

「伊織、お前!!」

 そんなわけない。

 俊哉と呼ばれた高宮課長は私が入社する前からご結婚されていて、そんなにご自分のことを話される人じゃないけれど……。

 もしかして、、。

「す、すみません。
 大変な時にご迷惑をお掛けして。」

「は?」

 怪訝な顔を向けられてテーブルに額がつくほどに頭を下げた。

「すみませんでした。
 私は大丈夫です。
 奥様と離婚されたばかりで大変な高宮課長の手を煩わすわけにはいきません。」