「睦くん…人が来たらどうするの?」

「その時に考える」

私の微力すぎる抵抗は睦くんにあっさりはねのけられ、彼はいつもの一定の温度を崩さないまま私を見下ろしていた。

冷静に、冷静に、と自分にひたすら言い聞かせる。
とにかく冷静に、ゆかり、落ち着くのよ。


「ゆかりさんは、俺と再会できて嬉しくないの?」

答えを濁すのは絶対に許されないこの場面で、そういうことを聞いてくるあたり彼もまた確信犯である。
正直な気持ちを話すほかない。

「嬉しいっていうより、驚いた。だってもう二度と会うことはないのかなって思ってたし」

「俺は嬉しかった」

「じゃあどうして、なにも言わずにいなくなったの?」

「好きだったから」


あっけないほど、八年前には言ってくれなかった言葉を唇にのせた。
動揺して、思わず視線をそらす。

「ゆかりさんのことは好きだったけど、俺はもう美大はやめるつもりでいたし、違う大学に入ったところでまた四年学生でいなくちゃならない。……ゆかりさん、四年も待てる自信あった?」

「それは…、分からないけど……」

「俺は無理だと思った。ゆかりさんじゃなくて、俺が勝手に格差みたいなものを感じて、きっとうまくいかなくなってたと思う」

「だからって勝手にいなくなられたほうの身にもなってよ。けっこうショックだったんだから!」

「傷つけたぶんは必ず埋める、ちゃんとする。俺はもうちゃんと仕事もしてるし、ゆかりさんと同じラインに立ててるはずだから」


再会して、まだ数日しか経っていないというのに。

こんな熱烈なアプローチを、睦くんから受ける展開が待ち受けていようとは。


それでもギリギリの理性が私を支えていて、熱くたぎりそうな胸の中をなんとか抑えてくれていた。
こういう時って、どうかわしてきたんだっけ?

ぐるぐると困惑する頭で、睦くんのまっすぐな熱視線を受け続けることに疲れてきてしまった。


「睦くんって、もっと恋愛にドライなのかと思ってた…」

「どちらかといえばドライかもしれないけど、まあ、八年も経ってるから俺だってそれなりに言い回しとか考えるよ。ゆかりさんはストレートなほうが好きでしょ?」

“八年も経ってる”のだから、私だって少しは変わったかもしれないとか思わないのかな、このひと。

むっとして睨んだら、なぜか鼻で笑われた。

「明るくて元気で図々しくて、人の話を聞かないところ、全然変わってなくてほっとした」

「これでも会社では聞き上手だって言われてるんだけど!」

「怒らないでよ、ゆかりさんの好きなところ挙げただけだから」

「…なんなの、なんか、すっごい悔しい」


もうぜーーんぶ、彼に読まれてるみたい。

面白みのかけらもない。
手のひらで転がされているような、遊ばれているような感覚で、まるで太刀打ちできない。

睦くんの腕の中で、すっかり彼の言葉にほだされてしまっている私って、ちょろい女と思われても仕方ないくらいだ。