「す、すみません」

素直に謝ると、彼は非常に残念そうな表情を浮かべた。

「知り合いになれたかなぁなんて勝手に思ってたのに。俺もまだまだだな」

「お客様でしたか?」

「はい。初めてお会いした時は」

うなずいた彼は、ジャケットの内側から慣れた手つきでさっと名刺を出してきた。

「風見理です。理科の理って書いて、マコトと読みます」

その言葉と名刺で、やっと思い出した。少し前にお店までやって来て本を買いに来てくれた方だと。
そして、いつものカフェでも再会した。

一気に思い出して、ぎこちなく会釈した。

「思い出してくましたね、その顔は」

「は、はい。その節は…」

「もう一度会うことがあったら、連絡先を交換しましょうって約束したのも覚えてます?」

覚えてるからこうやって気まずい雰囲気を出しているというのに。


どうしたものかと彼の名刺に視線を落とすと、

『集藝社 東京Bエリア 営業部 部長 風見理』

と書いてあった。
驚いてすぐに顔を上げる。

「えっ、集藝社?」

「あー、気づいちゃいました?」


出版社のなかでも大手中の大手。
その営業部部長ということは、相当のやり手なのでは?

たしかに彼の見た目からして、そうだと言われたらそう見えるが、まさかの展開に困惑する。

しっかりとした大手出版社に勤め、役職もあるひとがたかだか自分が働いているお店で、探している本の場所を案内しただけにすぎない私になにを求めるというのだろう。
感じがよかった、という曖昧な理由にも疑問が残る。