『少し休憩を入れましょうか。水分を摂っていただいたり、トイレに行っていただいたり、十分から十五分ほど席を外して気分転換しましょう』

私の席から進行のひとはまったく見えなかったのだが、マイク越しに男性の声が響いてきたので、会場にいた人たちがまたいっせいに動き始めた。

人間って集まると、こんなにも圧があるんだな。
と私は椅子の背もたれに寄りかかって背伸びした。


バッグに入れていたペットボトルの水を飲んでいると、どこからともなく

「美羽さん?」

と声をかけられた。

“美羽さん”という呼び方にドキッとしたものの、声が違う。
小太郎さんがここにいるわけがないのは分かってはいたが、飛び跳ねるように振り返ってしまった。

そこにいたのは─────


…誰だっけ?


もはや名前も思い出せない、どこかの誰か。
明るいグレーのスーツを着た、すらっと背の高い男性が立っていた。
手には鞄と大量の書類。

知的なメガネをかけていて、髪型がしっかりと整えられている。端正な顔立ちのその彼は、どこかで見たことがあるような、でも名前も思い出せないひとだった。


「やっぱり美羽さんだ!こんなところでお会いできるなんて!」

彼はそれはそれは嬉しそうに笑うと、私の隣の椅子に座った。

その席には、私よりひと回りくらい上の女性が座っていたのだけれど、いいのだろうか。
荷物なども持っていっているようなので、席移動もありといえばあり?

彼の名前よりそっちを気にしていると、
「あれ、もしかして覚えてませんか、俺のこと?」
と、困ったように頬をかいていた。