「…あの、さっきのひったくり?みたいなの…、もしかして小太郎さん、予測してました?」

「ううん、あれは本当に偶然」

「格闘技でもやってたんですか?」

「柔道をすこし」

意外な答えに、私は驚きを隠せなかった。
彼が柔道とは結びつかないが、そういえば警察学校では柔術や剣術を習うと聞いた。
それにしたってあんなにすんなり相手に効くものなのか、と感心もした。

エレベーターが六階に着く。
二人で降りると、廊下を進んだ。

「じゃあどうして今日は後ろを歩いてたんですか?」

明らかに様子が違っていたじゃないか。
素朴な疑問をぶつけるも、彼は明確な答えは言わなかった。

「美羽さんは気にすることないよ」

「えー!なんで?気になるじゃないですか」


そんな会話をしているうちに、もう部屋の前に着いてしまった。

もっと話をしたかったのに、という気持ちをなんとか気合いで押し込み、彼には彼の仕事があるのだからと自分に言い聞かせる。

いつも部屋の前で彼と交わす「おやすみなさい」を言おうとしたら、小太郎さんがなにやら真剣な表情で私と向き直った。

「美羽さん」

「は、はい」

何を言われるのだろうと少し緊張したけれど。

「家に入ったら、すぐに施錠。必ず二重ロックも忘れないで」

がっくりと肩を落としてしまった。

「小太郎さん、お父さんみたいになってるー」

「僕は真剣に言ってるの。分かった?」

「今日に限ってどうしたんですか?」

「とにかく、もし誰か来ても絶対に出ないこと。それか僕にすぐ電話して。僕も小一時間で戻ってくるようにはするけど」

ずいぶんと今日は念入りだなあ、とさすがに不思議に思う。
─────私が知らないだけで、警察の中でなにかあったのか?

父はいつも大事なことは私には言わなかった。
それを彼も同じようにしているのだとしたら、怪しい。
ただ、今はここで私が彼を足止めすることで迷惑をかけるのは明白だったので、あえて言わなかった。


「じゃあ、また明日。おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」