手繋ぎしている男女の間に割って入るように、キャップ姿に黒マスクをした中肉中背の男がドン!と彼らに体当たりしていた。
きゃああ!という女性の悲鳴が短く聞こえた。

「えっ!?」

少し向こうとはいえ、目の前で起こっていることを受け止めきれなくて、立ちすくむ。

男女にわざとぶつかった男が、倒れ込んだ女性のハイブランドのバッグを奪い取り、もう片方の男性を蹴り上げるとともに腰から長財布を抜き取るのが分かった。


その黒マスクの男に、小太郎さんが一切躊躇することなく飛び込んだ。

男は奪おうとしたバッグや財布を離さず、抵抗するように小太郎さんに拳を振り上げる。
彼は読んでいたかのようにそれをしっかり手のひらで受け止め、どこをどうやったのか、瞬時に男の胸ぐらをつかんで上半身をアスファルトに叩きつけるように力でねじ伏せたのだ。

どこかで見たことのある技。
まるで格闘技のような……なんだっけ?


男は気を失ったのか、倒れたままでまったく動かなくなった。

驚きと恐怖で尻もちをついたまま動けない若い男女は、ただただ呆然と小太郎さんを見上げている。
おそらく私も彼らと同じリアクションをしている。
開いた口が塞がらないとは、このことだ。

速すぎて、瞬きも忘れるほどだった。


「怪我してないかな?僕は警視庁の三上小太郎です」

片手で警察手帳を男女に見せながら、小太郎さんはスマホで誰かに電話していた。

やがていったん男女を路肩に座らせた彼は、大の字で伸びている男を担ぎ上げて通行人の邪魔にならないようによけた……が、もうすでにたくさんのギャラリーが「なんの騒ぎ?」と取り囲んでいる。

数分もしないうちにパトカーと救急車がやってきて、迅速に事が進んでゆく。


少し離れたところで立ちすくんだままの私に、小太郎さんが手をかざす。
両手で、何度か下を指さす。

『そのままそこにいてね』

というような仕草だった。
コクコク、と何度かうなずいて見せた。


あの一瞬で失神するほどの技を繰り出した彼にも驚いたが、これはたぶん初めてではない。

クラブで助けてもらった時も、飛びかかってきた男性二人を一瞬で倒したのも、この技を使ったのかもしれない。
あの時は怖すぎて目をつむっていて何も見えなかったのだが、こういうことだったのだ。


警察官たちと話をしている小太郎さんの顔は、私の知らない顔だった。
たぶん、これが本来の仕事をしている彼の顔なのだ。
どこか遠くの人のような気がして、胸がざわざわする。

まったく知らない、別人みたいな顔─────