「…小太郎さん」

「どうしたの?」

隣に来てくれませんか、と言うのもなんだかなぁと言葉を選んでいるうちに、質問に答えられないまま立ち消えた。

彼は相変わらず後ろを歩いている。
それでも、会話はしてくれるようだ。

「美羽さんは免疫がないのかなあ。男性に対しての警戒心はあっても、言動がとてもガバガバだよね」

「そ、それは…」

男の人と付き合ったことがないから。
絶対的にそれしかない。

並んで歩きたくても、隣に来てくれないもどかしさも相まって後ろを振り向こうとするも、今日の小太郎さんは手厳しかった。

「美羽さん。今日は僕のほうは振り向かないでくれる?」

「え…、なにかあります?」

「まだ確証はないんだけど、念のため。そのまま歩いてもらっていいから」


いったい何がいつもと違うのだろうか?
カフェの帰り道はなにも変わらないはずなのだが。

だが、言われた通りに前を向いてマンションへ歩くしかない。
自宅はまだまだ先である。


大通りを歩いているうちに、少し離れた向こうに若い男女が手を繋いで歩いているのが見えた。
そういう恋人ならば普通にすることが、今の私には遠い遠い夢のようにも思える。

手を繋ぐなんて、どういう空気感でするんだ?
こちらのお子様な思考回路ではとうていたどり着けない深刻な問題である。


─────すると、後ろを歩いていたはずの小太郎さんがいきなり走り出したのが見えた。
それも、見たことのない全速力。

鞄は放り投げられるように、飾りものみたいに地面に投げ捨てられていた。
その鞄を拾い上げ、なにごとかと顔を上げる。

すべて、一瞬の出来事。
だけどスローモーションに見えた。