濃厚なチーズの香りがして、あとからほんのりレモンが鼻から抜ける爽やかな味わいだった。
紅茶との相性が抜群!と感動していると、

「あのー…」

と、少し離れたカウンター席に座った男性がこちらを見ていた。
メガネをかけた男性だった。

「はい?」

私に声をかけたのか?と首をかしげていると、ガタッと彼は立ち上がり、すぐさま私の隣に席を移動してきた。

「……やっぱり!今日、本屋でお会いしましたよ、俺たち」

「え?」

唖然としている私をよそに、由花子さんが楽しげに「あらあら」なんて微笑んでいる。

「お話はオーダーを聞いてからでも?」

「あぁ、すみません。…では、カレードリアセットをお願いします」

「飲み物は?」

「アイスコーヒーで」

彼はメニューをさっと見ただけで注文し、私に向き直る。

「覚えてませんか?俺、あなたのお店で本を買いました」

ごそごそと鞄から私が働く書店の紙製ブックカバーがかけられた本を取り出して、見覚えのある表紙を見せてきた。

そこでようやく思い出す。

「─────あっ、ご案内した方でしたか」


有名作家の、初期に書いた書籍を探していた方だ。

やっと繋がった記憶にホッとしていると、彼はなにやら黒いスマホを出してタタッと指を滑らせ、すぐにしまった。

「いやあ、こんなところで会うなんて偶然ですね」

「…そうですね」

私としては、知り合いでもなんでもない、ただ接客しただけの人にいきなり話しかけられ、そして隣に座られて、なんとなく居心地が悪くなっていた。

気兼ねなく過ごしていたはずの時間に、なにか水を差されたような。彼には申し訳ないのだが。


「折笠さん……でしたよね?」