「てめえ、勝手にひとの客取ってんじゃねぇよ」

梨花が逃がされてしまったために、男が一人荒い口調でさっきの彼に言い寄る。
かなり勢いがよかったので殴りかかりでもするのかと思って怯えたが、彼は面白いくらいにそれを流していた。


「ひとの客?なんの客?」

「ここに出入りしてんなら分かるだろうが」

「さて……なんのことでしょう?」

「ふざけんな!」


とぼけた彼に腹を立てた男二人が、いっせいに彼に飛びかかった。

思いっきり殴られて倒される姿を連想してしまい、思わず目をつぶる。
案の定、うめき声が聞こえたので、ゆっくり目を開けた。

そこには、なにごともなかったように微笑むさっきの彼。
彼の足元に、二人の男が大の字で倒れている。

「─────ど、どうやって……」

どうやって倒したの?


尋ねようとしたのに、彼はすごく反省したような顔をしてシュンとうつむいた。

「あーあ、目立っちゃった…」

それを合図にするかのように、


「その場から動くな!警察だ!」

という、どこからか聞こえた威圧的な声。


け、け、警察!?

顔面蒼白になったのは、なにもクラブの人たちだけではない。
当たり前のように、私も血の気が引いた。


呆然としている間に、彼が私の肩を抱くようにして誘導する。
されるがまま、私は彼についていった。


「どうして君はここに?」

逃げ惑う人たちの混乱の中で、彼はとても冷静な声で私に尋ねてきた。

「さ、さっきの人たちに誘われて…」

「知り合い?」

「いえ、違うバーで声をかけられて……」

「そう。危なかったね。あれはクスリの売人だよ」


頭がクラッとした。
そうかもしれないとは思ったけど、やっぱりそうだったんだ。
軽薄どころか、取り返しのつかないことになるところだった。


クラブの入口は、屈強そうなスーツ姿の男の人たちで固められていた。ただではどいてくれなさそうな強面の人たち。

それを、いとも簡単に「通りまーす!」の一言ですり抜ける彼。


まだ少し肌寒い外へ連れ出された私が吹いてきた風に身を震わせていると、パサッと彼のパーカーを肩にかけられた。


その人は、とてもとても困ったように眉尻を下げて微笑んでいる。

「何かが起こる前で、本当によかった」


まだ彼の温もりが残るその服の端っこを、きゅっと両手で握りしめる。
言葉が出てこない。


「とりあえず片づけてくるから、ここで待っててね」


扉を開いて、戦場と化したあそこへ向かう彼の腰には、ぎらりとしたアレが黒光りして見えた。

……拳銃。本物を見たのは、この時が初めて。


あっという間に、彼はいなくなってしまった。










それが、彼との出会いだった。