「僕にセンスを求められても困るよ」

後ろからこれまで聞いたことのないような、非常に戸惑っているような声がする。が、私はそれを無視して歩を進める。

ずんずん歩いていく私の後ろを歩いていた小太郎さんが、小走りで隣までやってきた。

「美羽さん、聞こえてる?」

「聞こえてますけど、却下します」

えーっ!と嘆かわしい声。

「ジム帰りで疲れてるんじゃないの?別に今日じゃなくたって」

彼は早く帰りたいのだろうか、と思うほどに後ろ向きなことしか言ってこない。
でも、梨花に言われたことを今日このまま実践しなければ後悔する気がした。

とにかく、何気ない日常を彼とともに過ごしてみる。これが一番いいのではという結論に至ったのだ。


「小太郎さんに選んでほしいんです。私からのお願いです」

「店員さんに相談した方が早いと思うけどなあ」

まだごねているのは分かっていたけれど聞こえないふりをして、ずっと前から気になっていたひっそりと路面に立つセレクトショップへ足を踏み入れようとした。

ドアを押そうとする私の手を、彼の手が止める。
重なる手に、これまた心臓が跳ねまくっていることなど彼は気づいていないだろう。

「好きなように好きな服を選びなよ。僕はいいって」

「だめ。小太郎さんも来て」

「強制?」

“強制”かと言われると、とてつもなく心が苦しくなる…が、ここは意志を強く持たなくては!

「はい。どこまででも来てくれるんじゃないんですか?」

「うーん…なんか今日の美羽さんは強気だね」

困ったような顔をしていた彼だったが、観念したように私と一緒にセレクトショップへと入ってくれた。