掴まれた手を振りほどこうとしたら、彼が着ていた服が少しはだけて袖がまくれた。
そこには、隙間なくびっしりと刺青が。

─────ヤバいやつじゃん!


「梨花っ、帰るよ!」

バッグを手に取って梨花を引っ張る。
突然のことに、梨花はまったく飲み込めていないようで目を白黒させていた。

「えっ?どうしたの、美羽?」

「この人たちに関わっちゃだめ!」


私たちが立ち上がったところで、「おいおい」と男たちも立ち上がる。
その顔はもう笑っておらず、ついでに言うと愛想よくお酒を出してくれていたバーテンダーやウェイターたちも、私たちをしらけた目で見ていた。

「な、なんなのよ……これ……」

さすがに危険を察知したらしい梨花が、怯えたようにバッグを抱きしめる。

カーディガンのポケットに入れていたスマホで助けを求めようとしたけれど、隠れてやろうにも手が震えてうまくできない。


軽薄だったのは私たちだ。
のこのことこんなところに連れられてやってきたのだから。

……どうしよう。


その時、場違いなおっとりとしたトーンで、

「君、もしかして、折笠美羽さん、ですか?」

という声が聞こえた。


驚いて声がした方を見ると、黒いパーカーにデニム姿のラフなファッションの背の高い若い男性が立っていた。
背が高いその人は、お人好しそうな顔立ちをしていてそれなりに整っているけれど、でも抜きん出てイケメンとかではなかった。

見たことも会ったこともないはずなのに、彼は私の名前を知っている。

先ほどとはまったく違う種類の嫌な予感がした。


「……そうですが」

折笠美羽はたしかに私の名前なので認める。

すると彼はにこりと微笑んで、私ではなく梨花を手招きした。
なにかを耳打ちして、梨花はサッと顔色を変える。
そして彼に背中を押されるようにして、足早にその場を離れた。

その際、梨花は私に何かを言いたげに一瞥したのを見逃さなかった。