「雨だ…」

カフェを出ると、すぐにぽたぽた降り始めた雨に気づいて足を止める。

「今日は雨予報じゃなかったはずなのに」

そういう日に限って折りたたみ傘も持っていないという不幸。
近くのコンビニで買うか、マンションまで走るか、このヒールのあるパンプスで?なんて考えていると、隣に立っていた小太郎さんが黒い鞄からするりと黒い折りたたみ傘を出してきた。

カバーを外して手早く傘を開くと、私を手招きする。

「はい、どうぞ」

「えっでも」

「傘、忘れたんでしょ?」

そうなんだけど、それは、そうなんだけど。

どうしよう、とその場から動かずにいると、カランコロンと可愛い馴染みの音。
後ろのカフェのドアが開いて、他にも帰るお客さんが来たことに気づく。

小太郎さんが「おいで」と私の肩を寄せる。

心臓がびっくりするくらいに跳ね上がった。
これ、今日二回目。

「いや、大丈夫です!走ります!」

急いで逃げようとすると、肩をさらに強く引き寄せられた。
心臓がまた跳ねる。三回目。いちいち疲れる。

「もー、逃げるのやめなよ。どうせ僕、すぐ追いついちゃうから。そして君が転んで僕が助ける未来も見えるし」

「そういうことじゃなくて!」

「どういうこと?」


男の人と、傘をひとつ共有するのは初めてだ。
いや、なんなら、手も繋いだことなんてない。

そんなことは、彼には絶対に言えない。

うるさい心臓を落ち着かせるように下を向いて、大人しく彼の傘の中に入った。

「いつでも、どんな時でも、何が起きてもいいように想定して準備しておかないとね」

並んで歩いていると、そう話す小太郎さんの言葉に振り向く。隣で彼は微笑んでいた。

「君が触ってみたい拳銃は腰にはつけてないけど、僕の身体の見えないところにちゃんとあるよ」

「えっ、そうなんだ」

「君を守るためにね。まあ、発砲することは絶対にないかな」

“守る”か────────

胸がチクリと痛んだ。