「トレーナーさん。ちゃんとお仕事してくださいよ」


突然聞こえた別な声にびっくりして、足に込めていた力が一気に抜けた。

座面に寝そべるようにして上を見ると、小太郎さんがトレーナーさんと私の顔をのぞき込むようにしてにっこり微笑んでいる。
いつの間に背後にいたのか!

トレーナーさんはバツが悪そうに眉を寄せて、不快感をあらわにした。

「いまこの子はトレーニング中だよ!指示出ししてる時に急に話しかけられると怪我しやすいから、やめてくれないかなあ」

「遠目で見てたらすごいいやらしかったので」

「い、いやらしい!?」

慌てて身体を起こすも、酸欠なのでフラッとバランスを崩す。
そんな私をしっかり支えた小太郎さんはいつものあの笑顔を浮かべたまま、目を丸くしているトレーナーさんの肩をぽんと叩いた。

「ここの責任者呼ばれる前に、退散してくださいね。お兄さん」

「チッ」

舌打ちをしたトレーナーさんは、ちょっと焦った様子でその場からいなくなってしまった。


「…なにあれ」

ぼんやりとつぶやくと、小太郎さんのため息が私の腕にかかった。

「美羽さん、本気で言ってる?あの手のやり方に気づかないようでは、君のお父さんの危惧している部分は補えないなあ」

「え?どういうこと?」

「なんていうか、自己防衛力が圧倒的に低いというか」

「いや、ちゃんと気持ち悪いなあって思ってましたよ?」

「じゃあ態度に出しましょうよ。相手がつけ上がるよ、君のあんな対応では」